シンポジウム「批評!!」 多謝!!

シンポジウム「批評!!」、おかげさまで無事終了しました!!

14時からスタートした白熱の議論はとどまることなく、全長4時間(!!)を超えそうになりました。

満席のなか長時間にわたり、真剣に耳を傾けてくださったご来場の皆様、ありがとうございました!!

さて、当日の会場の様子です。

Inu5_1

Inu5_2


シンポジウム「批評!!」 予約締切り!!

10月9日(土)に開催しますシンポジウム「批評!!」、おかげさまでご予約で満席となりました!!

ありがとうございます!!

シンポジウム当日をお楽しみに!!

※誠に恐縮ではありますが、会場が手狭のため、当日予約なしでご来場いただくと、ご入場をお断りする場合があります!! ご了承ください。


第三回企画「批評」【記録】

「美術犬(I.N.U.)」第三回企画 シンポジウム「批評」
粟田大輔/沢山遼/土屋誠一 司会:雨宮庸介

雨宮 それでは、シンポジウムを始めさせていただきます。僕は普段は美術家で、作品を作って発表しています。「美術犬」は「美術」と「言説」について考えるためのものとして昨年始めました。「美術犬」は今回が3回目の企画ですが、そもそもなぜ「美術犬」ということを始めようかと思ったかというと、以前あるシンポジウムに参加したときに、なんだか、空(くう)に向かって喋っているような気がしたんです。つまり、「美術」のことを「美術」のフィールドで話しているにもかかわらず、誰に向かって喋っているのか分からなくなったんですね。理由として考えられるのは、たとえば、美術の話って「美術と言説のアプリオリに~~」とか「美術についてのメタ~~とは」等々、なんていうか概ね話が細かいですよね。でもそうしたら、まずそこで言う「美術」とは一体何なのか、「言説」とは一体何なのか。それを棚上げしたら一向に何かに行き着くはずがない。だったら、それを直接的に問うような場所が必要なんじゃないのか。そうでなければ狭い場所に陥っているようにも見えるし、そういうことを繰り返していくうちに、実際狭い場所に陥っていくのではないか。ベタな問いでもいいから、「美術」だったり「言説」だったりについて、直接話をする場だけでも作ろう。こう言葉にしてみると単純なことかもしれないですけど、そういう場所は意外にも少ないから、場所だけでも作ってみよう。そんなことが「美術犬」の狙いです。
 「美術」も「言説」も、すごいスピードに乗っかって動いているものだから、いくらベタな問いだとしても、簡単に「ああ、知ってましたよ」という話にはならないはずです。今回なぜ「批評」がテーマなのかというと、さっき言った「美術」と「言説」のうちの「言説」のほうが、今回の「批評」というテーマにあたるわけです。もちろんこれは批評一般の話ではなく、「美術批評」についてです。「美術犬」の活動として、大きな柱となるテーマのひとつです。今回、私はできるだけ話を聞かれている皆さんと同じ目線で、率直にパネリストに問いかけていければと思います。

土屋 私も、「美術犬」のメンバーのひとりですので、内容に入る前に、なぜ今回のパネリストに登壇してもらうことになったのかということについて、若干補足させていただきます。特にマニフェストとして明記しているわけではないですが、「美術犬」は30歳代半ば前後ぐらい世代が、そのメンバーになっています。私たちより先行する世代の美術評論家だと、上は80歳代から、下はたとえば椹木野衣さんでしたら40歳代半ばぐらいになります。勿論、そういった方たちはいらっしゃるんですけれども、今回は自分たちに比較的近い世代で、パネリストをお招きしようと考えたわけです。勿論、粟田さん、沢山さん以外にも、「美術犬」のメンバーが属する世代から見て、他にも評論活動を行っている人たちがいます。あえて舞台裏を申しますが、粟田さん、沢山さん以外にも、お声を掛けさせていただいた方は何人かいらっしゃいます。ですが、「批評」というテーマで話をすることそれ自体に、ご賛同いただけなかったわけです。評論家が少なからず存在しているなかで、結果として今回参加してくださった方が、このお二人でした。こういう言い方をすること自体、せっかく来てくださった粟田さんと沢山さんに失礼であることは承知していますが、何故あえてこんなことを申しているのかというと、そもそもこういった公開の場での討議自体をしたくない、あるいは避けたい、という雰囲気が、今日、良くも悪くもあるのではないか、それが今日の美術批評が置かれている現状はなのではないか、ということを言いたかったわけです。

雨宮 それは何故なのかと聞きたいところですが、これからの話の中で関係してくると思いますので、早速ですが基調報告に入りたいと思います。まず土屋さんから。

基調報告:土屋誠一

土屋 まず基本的な事実からお話しします。私は2003年から美術評論を書き始めました。そのきっかけは、美術出版社が主催している「芸術評論募集」という論文公募でした。最新のものが先月号の『美術手帖』(2009年10月号)に掲載されていて、そこで受賞されたのが沢山さんで、粟田さんはその前の公募の際の受賞者です。私は、粟田さんよりもさらにもう一つ前の公募の際に受賞したのですが、それが2003年でした。美術評論にもさまざまなスタイルがあると思いますが、たとえば、ある社会構造が所与のものとしてあって、そのなかにさまざまな美術の表現があって、その結果として美術の現状、すなわち「アートシーン」というものがあり、それをリサーチしてある見えやすい形で見せるというようなやり方。いわば「状況論」とでも言うべきスタイルだと思いますが、そういうことにはほとんど関心がなかった。「作品」というものをよく見て分析し、それがどういった構造を持つのか、さらに、その分析によっていかなる価値がそこにあるのか、ということを書きたいと思っていたわけです。
 これは世代論のようになってしまうかもしれませんが、私自身の置かれていた当時の環境を振り返ってみると、たまたま私がそういった場所に居合わせただけかもしれませんが、こういう態度で美術作品に取り組むことを良しとする人が多かった。要するに、いわゆるフォーマリズムあるいはモダニズムのスタイルを踏まえた上で、ものを考える。フォマーリスティックな分析をしていくことこそが善である、というような雰囲気です。もちろん、フォーマリズムの態度自体、非常に恣意的な選択ではあるのですが、私はその影響を非常に強く受けていました。具体的にその影響の元ネタというのは何なのかというと、当時『批評空間』という柄谷行人と浅田彰によって編集されていた雑誌があって、その雑誌の別冊で『モダニズムのハード・コア』(1995年)というアンソロジーおよび論文集が出版されました。その別冊を編集したのは、浅田彰、岡崎乾二郎、松浦寿夫ですが、そこにはクレメント・グリーンバーグやマイケル・フリード、ロザリンド・クラウスといった、アメリカ型のフォーマリズムの系譜を辿るような、歴史的に重要な論考の翻訳が掲載されていたわけです。そのうちの岡崎乾二郎さんですが、岡崎さんが書いていらっしゃった文章が、非常にクリティカルに見えたし、実際刺激的だったんですね。岡崎さんは、作品から取り出せる構造をできるだけ細分化していって、そのことによって作品の可能性の中心を切り出すような、鋭い分析を行っていました。美術作品に対してのそのような分析のありかたが、私にとってはともかく非常に刺激的だった。
 けれども私が2003年に受賞した論文は、斎藤義重についてのものだったんですね。いまになって振り返ると、なるほど私はそういうことに関心があったのかと思うのですが、その関心を一言で言ってしまうと、こうです。「日本のアヴァンギャルドの系譜を考え直すにあたって、誰を扱えば一番効率がいいのか」。斎藤義重は非常に長生きをした作家で、1904年生まれで亡くなったのが2001年です。長生きをすると一体何が起こるか。通常日本の美術の歴史を語る際、戦前、戦後という切断面を想定してしまうわけですが、そうではなく、近代以降に現れた日本における前衛芸術のあり方や歴史的展開を、切断ではなく連続性として捉えた方がいいのではないか、というようことが見えてくる。たとえば、斎藤義重の戦前の作品を見ると、明らかにジャン・アルプの影響を受けている。ヨーロッパのダダや構成主義のスタイルを、ほぼリアルタイムに用いているのです。つまり、その当時の世界的な前衛芸術の動向に、ほぼ同伴するような作品を作っていたわけです。一方、戦後に目を向ければ、いわゆる「もの派」の動向に含まれるアーティストたちは、斎藤義重の作品に対する考え方のスタイルや思想的な側面で影響を受けているし、斎藤自身も明らかに「もの派」の動向を意識したような作品を制作している。ともかく、斎藤を扱えば、戦前から戦後にかけての連続性が見えてくるのではないかと考えたわけです。
 「もの派」的なスタイルが隆盛を極めた時代でもある1973年に、斎藤は、戦前の作品を再制作しています。これらの作品のオリジナルのものは、戦時中に空襲で焼けたりして、現存していませんが、1930年代に制作したものが当時展示された際に撮影された、記録写真が残っています。けれども、このオリジナルが写り込んでいる記録写真と、再制作された作品を見比べると一目瞭然ですが、確かに似た作品ではあるものの、再制作された作品はオリジナルと全く異なった構造をもっています。再制作というのは通常、オリジナルの作品と同一なものを作ると考えるわけすし、オリジナルの作品が残っていないからこそ、再制作をするわけです。ですから当然、再制作とは、オリジナルの作品と同等の価値を持つものとして、リプロダクトされるわけです。けれども、先程申した通り、オリジナルの作品と再制作の作品とは、全く違う作品になっている。では、一体ここでは何が起こっているのか。再制作とは、その再制作品が作られる時点から数十年歴史を遡行して、新たに歴史を記述し直そうとするような試みです。しかしながら、ここでは歴史を新たに記述し直そうとする意思が全くない。この再制作された作品は、同時期に新作として制作された、斎藤の他の作品のほうに、構造が非常に似通っているんです。つまり、戦災で消失してしまったから新たに作り直した、というだけの話ではなくて、1970年代のその時点の関心に従って、作品が新たに作り直されてしまっている。いわば、歴史の改竄が行われている。
 しかし私は、単に歴史を改竄しているのではなく、そもそも「歴史」という概念それ自体が欠如しているのではないか、と考えたわけです。日本の前衛美術に、そもそも「歴史」という概念が存在しないならば、戦前、戦後で区切るような美術の史的展開の記述そのものが、日本の現代美術においては、本当は機能していないのではないか。そう考えていくと、私が取り組むべきは、始めに話したような作品を精緻に分析していくことよりも、歴史がどのように形成されてきたのか、あるいはされてこなかったのか、ということを問題にすべきだろう、と思ったわけです。なお、「日本」という枠組みにおいてものを考えようと思った理由を端的に言うならば、私が日本語でものを考え、書いているということであって、それ以上でも以下でもありません。少なくともそのような言語的環境の中で、私が美術評論を書くという行為を行うのであるならば、日本というコンテクストは望むと望まざるにかかわらず、そして「日本」という領域確定が妥当なのかどうかはともかく、そのような点について思考しない限り、美術評論それ自体が、単なる知的な遊戯に留まってしまうのではないか、と思ったのです。ただ、現時点から2003年の当時を振り返るとそういうことになる、というだけであって、その当時はそこまでは考えが及んでいなかったかもしれませんが。
 一方、最初に申したような、フォーマリスティックな作品との接し方、それを純粋視覚性と言っていいと思いますが、いくら純粋に作品を観たところで、作品の良し悪しは見えて来ない、という単純な事実に、実感として気づくことになります。私が「芸術評論募集」で受賞した当時、最初の仕事として行うことといえば、1年間毎月、展覧会評を書くことでした。『美術手帖』の「ギャラリー・レビュー」欄で、毎月3本の展覧会を取り上げることになるので、年間にすると36本書いたことになるのですが、そのたった36本を書くために、東京とその近郊で開かれている、大小合わせて1000ほどの展覧会を観ました。文字通りの千本ノックです(笑)。その当時、どのようなモチベーションを持っていたのかというと、一般に認知されている作家や作品の位置づけや価値をひとまず括弧に入れて、とにかく作品だけを見てその質の善し悪しを判定しましょう、といことを考えたわけです。つまり、作家や作品の周囲にあるコンテクストを全て取り払ってそこで全てを判断しましょう、と考えた。ですが、これでは上手く行かない。なぜなら、コンテクストを取っ払ってしまったら、現代美術なんてものは読めないからです。現代美術は多くの場合、良くも悪くもコンテクスチュアルなものである。だからコンテクスト取り払ったらそこには何も残らず、作品の善し悪しを認定することができなくなる、ということに思い当たったわけです。そこで初めて、さっき言ったような、歴史の問題に思い至ったのかもしれません。そんなこともあって、私は現在、美術のジャーナリスティクな文章をほとんど書いていません。そのような現状に至った経緯として、私自身の体験談めいた話を、前提としてお話させていただいた次第です。

雨宮 現在のことをやってみて、やはり歴史の方だ、と仰いましたが、土屋さんの批評のスタンスというのは、単に現在のことを措いて、歴史の方がいいというだけではないということですよね。たとえば、最近の「芸術評論募集」での、過去の事象をモチーフにした沢山さんや粟田さんの受賞論考を読んでみても、そこにも全然新しいセンテンスがあったんですね。何が言いたいのかというと、土屋さんが歴史をやるといっても、単に古い話をしようとしてるわけではなくて、あくまで現在のことをどうにかしようとして、歴史というツールを持ってきている、という認識で間違っていませんか?

土屋 それは全く仰る通りなんですけど、もう少し違う言い方をしてみます。当然のことながら、私は「今現在」において、文章を書いているわけです。けれども、そもそも今自分が書いているものが、一体どういった歴史的な文脈の後に書かれているのかを同定きない限り、文章を書くこと自体が不可能である、であるが故に同時代の美術作品に対して記述することも、私自身の立っている位置が分からなければ書けない。だから、もう一度歴史というものを構築しなければ書けないと考えたわけです。

基調報告:沢山遼

沢山 僕も土屋さんと同じで、「芸術評論募集」が今年あって、たまたま賞を取りました。僕と粟田さんと土屋さんは、奇遇にも同じ賞を取った人たちで、僕は半ば意図的な人選なのかなと思ったんですけど、そうではなく、今日はたまたまそういうメンバーが集まったっていうことみたいですね。
 今、土屋さんの話を聞いてて、間接的に僕も土屋さんの論文の影響を受けていたのかなあと漠然と思っていました。先程話に出た『モダニズムのハード・コア』に掲載されていたクラウスとかフリードとかグリーンバーグとか、その人たちの文献を日本語で初めて読んだとき、僕はたしか大学一年生くらいだったんですけど、こういう世界があるのか、と驚愕して、批評を含めて美術の勉強を始めたわけです。だからさしあたって僕にとって美術批評の入り口は日本のそれではなくてアメリカの美術批評だったということになります。
 アメリカの批評家のなかでももっとも大きな影響力を持っていたのがクレメント・グリーンバーグですが、彼のフォーマリズム批評が、先ほど土屋さんがご説明された要素以外にどういうものがあるのかというと、グリーンバーグは作品の質に関するジャッジを行う。この作品はグッドかバッドか。そういう批評の問題が、グリーンバーグにはあったと思うんですけれども、考えてみると、作品の良し悪しっていうものは、たとえば作品が二つあった時に作品Aと作品Bと分割するような、そういう思想が働いてなければ質的な判断というのはそもそもできないということです。だけど、たとえば同じ人物の作品Aと作品Bがあったときに、それをどこで裁断して、その良し悪しを決定することができるのか。作品Aはあんまり良くないけど、Bは良い、とかそういう批評がそもそも言説として成り立つのかどうか。このことがグリーンバーグの質的判断に関連するかどうかはともかく、そういった場合、作品のフレームをどこに設定するかということが絶えず問題になるのだと思います。
 おそらくグリーンバーグにとって、そのような質的な判断と、歴史記述は切り離せないものだったと思います。たとえばジャクソン・ポロックはアメリカ絵画における最大の達成である、と彼が言ったとします。けれども、そのようにポロックを擁護する場合、ある美術史上の展開がヨーロッパにあって、それがアメリカで展開されて、その展開の上にポロックっていう人がいるとか、あるいは端的にグリーンバーグの影響を受けた批評家でキュレーターのウィリアム・ルービンが書いているように、ポロックの絵画のオールオーヴァーな画面構造はモネの影響を受けているからヨーロッパからの絵画的伝統の正統であるとか、そういった言い方が当然あるわけです。ポロックの作品のクオリティを述べるのに、まず個人の諸作品を様式化して国際的に組織された展開が持ち出されて比較される。そのとき、一連の作品群はポロックという人物の名とますます分かちがたくなるし、様式として、ある時間的な層の上に固着してしまう。ひとつの商標登録のようなものとして。だから、作品の連続的な展開において作家の作品を批評するという態度、作家と作品とを相互的に連関させて考える態度、あるいは作家の名のもとに組織された個々の作品にフレームや単位を導入すること、そういうことのすべてと、発展的な歴史叙述を行う態度は、半ば共犯的に設定されてきたような部分があると思うんですね。
 それとは逆に土屋さんのさきほどのお話でいうと、斎藤義重が戦前と戦後で同じ作品を、ちょっと形式が違うようなものを作ったということでしたが、この場合、斎藤に歴史認識が欠けていた、ということと、斎藤が作品Aと作品A´をほとんど同じものとして作った、ということとは、不可分だと思うんです。過去の作品形式の反復、あるいは再制作をしたということや、斎藤が歴史的展開をなかば無視したアヴァンギャルドであったことは、個人の作品の展開や国際的な美術の歴史の展開が斎藤のなかでけっして自明で必然的なものとしてみなされてはいなかった、ということの証明であると思う。
 土屋さんは先程、日本というコンテクストで考えるために斎藤を取り上げたとおっしゃっていましたが、僕が「芸術評論募集」で書いたのは、カール・アンドレという、アメリカのミニマリズムの作家だったんですね。そういう意味では、僕は日本というコンテクストを取り上げていない。では、ミニマリズムという芸術動向がどういうことをしたかというと、ある物体と同じ形態をした物体がいくつも展示空間のなかに収まっているとか、あるいは、ロバート・モリスの《Three L Beams》(1965年)のように、L字型の同じ形をした立方体が違う姿勢で展示空間のなかにある、っていうようなものです。ミニマリズムというのはよくインスタレーションと呼ばれる形式の先駆的な動きだと言われるんですが、一方でミニマリズムの戦略は、作品という単位が単体でも記述できるけど、複数のユニットとしても同じもので、それがひとつの空間のなかに収まっているというような、そういう形式として記述できるというものだった。言い換えると、作品が単体であるということと、複合的であるということの分節し難さがある。その意味でミニマリズムには、グリーンバーグにたいする応答であるかはともかくとして、作品という単位を設定することへの批判、あるいは歴史主義に対する批判が組み込まれていた。ミニマリズムは、そういったことをやろうとしたのだと思います。そういう意味では、斎藤義重の方法とミニマリズムの戦略というのは、重なる部分もあるんじゃないかと、さっき話を聞いてて思いました。
 僕自身がどういう意図を持ってアンドレについて書いたのか、自分でもまだよくわかってない部分もあるんですが、思い返してみると、自分に課した三つの禁止事項があったように思います。ひとつは、「作品」という単位で作品を記述することをやめるということ。たとえば、同じ作家の作品AとBを比較して、作品Aの方が良いとか、作品Bの方が悪いとか、そういう記述の仕方をやめる。だから、アンドレの作品の、再制作あるいは再生産の問題について書いた。もうひとつは、作品がある種の人間的な主体の生産によるものである、と考えるのをやめること。そのため、「労働」という問題設定から、アンドレの作品について記述するということを試みました。アンドレの作品は、木材がただ置かれてるとか、レンガが積み上げられているとか、そういった作品で、誰でも半ば自動的にできるんですね。積んだり置いたりすれば、子供でも誰でも作れるんですけども、そういう一回的な行為の反復を、「労働」という切り閉じることなく過酷に反復される行為を設定することで記述しようとした。あと、アンドレは、他の美術家や批評家たちとアート・ワーカーズ・コアリション(芸術労働者連盟)の結成に参加して、ヴェトナム反戦運動なんかを展開していたりします。そのような運動と、アンドレの芸術形式の問題とは分割できないんじゃないかという直感があって、作品形式の厳密な記述だけによって作品構造を分析するような批評を、アンドレにアート・ワーカーズ・コアリションの運動を導入することによって、やめようと思ったんですね。この三つ目の禁止事項は、平たく言うと、いわゆる「芸術か政治か」という二項対立で作品を記述しない、ということです。それで、アンドレの積むとか置くというような単純な行為の連続に着目したわけです。
 でも、作品という単位を安易に前提としないとか、「作品」という概念をまず疑ってみるということは、それほど新しい議論ではなくて、作家という条件、あるいは作品という条件は、もともとポスト構造主義以降、たとえばロラン・バルトやミシェル・フーコーなどによって批判されてきているわけです。ただ、常識的に考えると、「作品」というものがあったとき、それを手掛けた人がいないという事態は考えられない。作品があれば作家がいる、というのは常識として言わなければならない。バルトやフーコーも、作家という主体を丸ごと否定したわけではなくて、「author」は否定するけど、行為の主体としての「writer」は擁護する、というような立場だったと思います。いわば僕には、authorとしてのアンドレではなくて、writerとしてのアンドレ論を書くことができないだろうか、という意識があったように思います。
 それから、置くとか積むとかという単純作業を「労働」であると書いたわけですけども、それは高度な技術、職人的技術ではなくて、誰にでもできるような、極めて弱い技術です。弱い技術によって成立している、弱い主体というか、作品から一歩引いた、あるいは作品に隷属するような、そういう主体性のあり方みたいなものを、どうやったら記述できるのか。勿論、ある種の「主体」をアンドレ論では強調したわけですが、そこでは主体性の復権ということを言いたいのではなく、むしろ、「物」としての主体、オブジェクトとしての主体としてアンドレがいる、と考えた。
 たとえば作家というものをアリストテレスがどう考えたかというと、アリストテレスは「建築」と「建築すること」を区別することから始めたんですね。アリストテレスによれば、「建築家」とは何をしていても「建築家」であって、テレビを観てゴロゴロしていてもいざというときに建築の設計ができれば、「建築家」である。つまり、建築家には「建築家性」とでも言うべき能力が備わっている。では、そういう秘められた、普段は内に籠っているような能力をどうやったら記述できるのか、ということがアリストテレスの問題です。アリストテレスは、建築を行うことのできる能力のことを「潜勢力」と呼んでいますが、実際に建築家が建築を手掛けたときには、「現勢力」に移行すると言ってます。現勢力に移行することで、オブジェクトとしての建築ができるわけですが、これを「実現態」と言う。この実現態とは、美術の場合だと「作品」に該当しますが、その前提には、デュナミス=可能態というものが、作品の背後にあるのではないかと見ているわけです。
 このことに注目したのがジョルジョ・アガンベンですが、この可能態=潜勢力についてアガンベンは、建築家ではなくて、ハーマン・メルヴィルの小説『バートルビー』から分析しています。バートルビーとは主人公である代書人の名前ですが、彼は事務所で働いているとき、まったく上司の言うことを聞かないんですね。事務所で仕事をしている素振りをして、ちゃんと見ると何もやっていない。「何もやってないじゃないか」と上司が詰問すると、「しないほうがいいのですが」って繰り返して、結局動くことも食事を採ることもやめて死んでいっちゃう、そういう悲しい主人公なんですが、むしろアガンベンはそこに可能性を見ています。彼のロジックでは「何もできない」のではなく、「何も成さないということができる」というほとんど冗談のような命題が『バートルビー』にはあるのだということになる。美術批評家からすると、これはあまりに哲学的というか思弁的な命題ですが、それを美術評論の問題として見ると、作品を記述するときに、その背後にある、行為の主体の潜在性みたいなものを考慮しつつ作品記述に臨むということは、ひとつの倫理的な態度としてもあり得るんじゃないかと思ったのです。なぜなら作品には、すべてが作者の意図によって実現されているのではなくて、偶然的なものが絶えず注入されているようなところがある。しかし潜勢力を中心に考えたとき、批評の現場で延々と繰り返されてきた、作品の細部が意図されて実現されたものなのか、それとも意図せずして実現されたものなのかという、ほとんど不毛な対立を無効にするようなところがある。つまり、何かを実現することが、あるものを生産することの可能性のすべてなのではないということです。そこでは実現されなかったことも実現されたこととして考慮される。僕がアンドレ論でやろうとしたことは、そのような、「しないことをする」というか、そういう主体や行為のありようを分析するということなんじゃないかな、と思ってます。

雨宮 裏側にある主体を通して作品を記述したいという話でしたが、今回の「芸術評論募集」での審査員の話によると、ここのところ作家論がすごく増えているそうですね。作家論ということについて、沢山さんが持っているような意図は、同時代的に共有されているんでしょうか。作品単位でものを述べるよりも、その裏側にある主体を見透かした上で作品を述べていくっていうことと、その作家論が増えてきたこととは、直接的な関係があるのかどうか。もしそれがあるとしたら、同時代の書き手において共有する部分があるんじゃないかって思うんですが。

沢山 あると思いますね。作家論って、結局、作品を連続して作ってきた人のことじゃないですか。斎藤義重なら、「斎藤義重」という名前のもとに組織される作品群であるわけですよね。その作品群の記述が作家論に結びつくのでしょうけれども、作家という主体を前提として書くことと、作家という主体をある種の概念枠として提示することと、ふたつに分かれると思うんです。

雨宮 なるほど、なぜそれを聞きたかったかというと、僕が作品をつくる人間で、まだ僕は作品を全部作り終わってないじゃないですか。まだ死んでないというか。だから、歴史的な縦の時間軸は自分では総括できるはずがなくて、代わりに、というわけではないですが、興味としては同時代的な水平の時間軸のことを知りたがってしまうんですよ。その同時代的な水平軸と、土屋さんや沢山さんがお話されたようなことが、どこに交差してゆくのかということが、非常に興味深いところですが、それはひとまず措いておいて、それでは粟田さん、お願いします。

基調報告:粟田大輔

粟田 私はもう少し具体的に、自分のやっている仕事に則して話したいと思います。ちょうど今、テートモダンで「POP LIFE: ART IN A MATERIAL WORLD」という展覧会が開かれています。これは、ポップライフということで、ウォーホルからハースト、クーンズ、村上隆までを含む展示なんですけど、ここで「マテリアル・ワールド」という語があげられている。日本語で言うと「物質社会」ということだと思いますが、おそらく大量消費社会における物質の氾濫の中で産出された現代美術の動向に焦点があてられている。私自身もここ数年「マテリアル」という観点からこの時代のことを語れないかと考えていたんですが、物質主義(マテリアリズム)とは違い、むしろ時代がポストマテリアリズムへと向かう局面において、単なる物質や素材の呈示ではない同時代の動向を照射することを模索しています。それで2008年4月に「ヴィヴィッド・マテリアル」という展覧会を組織しました。展覧会に関しては『美術手帖』に座談会(2008年7月号)が掲載されているのでそちらを併せてご覧いただければと思いますが、出品作家たち(池田剛介、大庭大介、塩原れじ、名和晃平、田幡浩一)の作品、たとえば名和晃平には化学反応を限界までコントロールすることによって成形した立体、大庭大介であれば見る位置によってイメージの立ち現われが変容する絵画、田幡浩一の場合はインクがなくなるプロセスそのものをアニメーション化した映像を展示してもらったんですが、そこには事物のシステムに従属しながらも、新たに内在的なシステムを構築していくような指向性が見られる。要は、物質のもつフィジカル(形而下)の複雑さに浸食しかつ浸食されながら、それらを成り立たせているシステム自体を書き換えていくような現われが見出されるように思います。
 もうひとつ、これらの作家の特徴だと思うのは、沢山さんも「行為の主体」という言葉をあげていましたが、主体性そのものが単一の「私」というものではなく、マテリアルを介して複数に開いていくような状況が見られるということです。アリストテレスがエイドス(形相)とヒュレー(質料)という語をあげて論じているように、制作するという行為には、通常ある理念があって、そこから材料を選択するというプロセスが取られますが、彼らの作品には、行為を含む質料性のレヴェルにおいて、可塑的な様相を帯びながら形相が分化して複数化していく。そういうプロセスが見受けられるのでないか。
 しかし、こうした物質とか世界との関わり方に関して、単に同時代的な傾向として収斂させたいわけではなくて、土屋さんが「連続性」と発言されていましたが、人間と物質の関係において切断されつつも脈々と続いている「原もの性」というか、「事物」に対する具体性も同時に見ていきたい。たとえば、吉原治良は1956年の「具体美術宣言」で、メンバーの一人である木下淑子の作品について「化学薬品を濾紙の上でかけ合わせることによって不思議な空間をつくり上げた」と記しています。吉原はこうした作品を「個人の資質と選ばれた物質とがオートマティズムのるつぼの中で結合されたとき、われわれは未知の、未だ見て経験しない空間の形成に驚いた」と解していますが、名和晃平の作品にも「未知の空間の形成」に通底するようなヴィヴィッドな、事物としての具体性があらわになっているように思います。
 ただし、当時アンフォルメルという絵画運動がありましたから、具体美術協会はそこでミシェル・タピエと接触するわけですね。だから、具体の問題とは、絵画の問題でもあり、物質の問題でもある。中でもタピエは位相数学(トポロジー)に傾倒しているんですが、位相数学の観点でいうと、その後の高松次郎や関根伸夫の仕事にも看て取れる。2005年に国立国際美術館で行われた「もの派—再考」という展覧会がありましたが、ここでも「もの派」の根源として、位相数学的な作品群を集めた「トリックス・アンド・ヴィジョン」展(1968年)があげられています。しかし個人的には、この時代のさまざまな活動を具体からトリッキーな美術を経た「もの派」に集約させていくのではなくて、あくまでも「実践」という行為を前提とした「事物」の観点からとらえ直したい。言うならば「こと(事)」と「もの(物)」が未分化な状態として重なり合っている「事物」からの視座――榎倉康二の論文では、まさに彼の作品を「もの派」としてではなく、物理的かつ視覚的な層の接触からなされる「出来事性」の観点から再解釈することを試みています。
 「もの派」と称される傾向が少し落ち着いたあたりで、峯村敏明、たにあらた、柏原えつとむ、堀浩哉、彦坂尚嘉によって、1973年に「〈実務〉と〈実施〉・12人展」という展覧会が開かれています。ここでは「制作(ポイエーシス)」よりもむしろ「実践(プラクティス)」というスタンスから、他律的なシステムを介在させつつ「生の全局面を逆照する」という姿勢が提示されている。会期は2期に分かれていたんですが、出品していたのが、狗巻賢二、柏原、北辻良央、野村仁、(柴田)雅子+尚嘉、米津茂英(ここまでが前期)、稲憲一郎、高見沢文雄、田窪恭治、堀浩哉、山中信夫、渡辺哲也といった、どちらかというと「非もの派」と呼ばれるような作家たちです。後に峯村さんは「事物」と「事物のシステム」を区分しているんですが、ピンホール・カメラによる画像の歪み(山中)や、重畳させた撮影装置によるイメージの生成(高見沢)、「視覚のブラウン運動」と称した日常風景のコマ撮り(野村)、他者への依頼を介した作品の再現(柏原)など、システムは既にある、そして、そのシステムに則って実践をする、という手法が取られています。また、北辻の作品には、長崎県男女群島の地図をフリーハンドでひたすらトレーシングペーパーにトレースしていくものがあるんですが、そこには繰り返しシステムを実践していく中で、「こと(事)」と「もの(物)」が連鎖する「動きつつあるゲシュタルト」と言えるような様態が看て取れる。
 こうした様態は、イメージが線や色へと分断しつつバラバラに解体していくような、田幡浩一の《track and trace》というシリーズにも通底している。あるいは野村仁のダンボールが崩れていく《Tardiology》などがそうですが、単に無限とか理念に回収するのではなく、この世界を事物からの観点によっていかに再構築し直すか、という態度を持っている。名和さんは野村さんの教室に在籍したんですが、作品における直接的な関連性はないものの、システムを連動させながら制作を押し進める態度は受け継がれているようにも見えます。また、金氏徹平の「しみ」の作品なども、「こと」と「もの」の構造から榎倉の作品と比較してみることもできる。このように個々の方法論に立脚しながらも、「事物」という視座からある種の「連続性」のようなものを読み取っていきたいと考えています。
 1978年の『美術手帖』の「美術年鑑」に「いま、あえて〈制作〉を」という座談会が掲載されているんですが、そこで彦坂さんは当時、新たなポイエーシスを生むためにあえてプラクティスを肯定した、ということを言っている。その上で、「〈実践〉の自己目的化」を乗り越えるべきだ、と。私も、ここで言われているような実践でありながら形式主義(フォーマリズム)に陥らないという制作から、矮小化された個人主義(エゴイズム)とは別の表現が産出されるように思います。それはもはや「制作」ではなく、「実行」といった態度としてとらえる方がよいのかもしれない。実際、今日の作家たちは、単一のものとして絵画あるいは彫刻といったメディウムに回帰していかない。彼らがそれを自覚的にやっているかどうかというと、それはわかりませんが、全体としてのフレームなりシステムを相対的に書き換えていきながら、さまざまなメディアへ横断していく。幸か不幸か、「私」というアイデンティティ自体も、複数に並立し、遍在しているような実感もあります。私たちの「生」が何らかのシステムによって規定されている以上、既成のシステムをいかに批判的に書き換え得るのか。今後は主体性やシステムの変容を踏まえた上で、このあたりの問題を看て取っていきたいと考えています。

共同討議1

雨宮 ありがとうございます。たくさん情報があったので、質問が間に合わなかったんですが(笑)。最後の方に出た主体性の話なんですが、面白いと思うと同時に、もう少し先の話をお聞きしたいと思うのですが。ネット環境などからの影響で、主体性自体があらかじめ複数性を帯びる、という話はよく言われていることだけど、制作のことに関して言えばそれだけじゃないよな、という感じがあるので、その先のことを聞きたいな、と。

粟田 誤解のないように言っておくと、名和さんにしても大庭さんにしても「マテリアル」とは関係ない文脈も当然ある。その上で私が言おうとしているのは、彼らの制作の動機みたいものが、内的なものというよりも「事物」の向こう側からやってくるような感覚を受けるということです。「その先」という話となると、それはむしろ雨宮さんに作品として提示してもらいたい(笑)。

雨宮 はいはい、それはやりますし、僕はしゃべり出すと大体「決意表明」になってしまうので今日はあまり自分の作品については話さないようにしますが(笑)。では、ちょっと違う角度でお聞きしたいのですが、お話の最初の方で触れられた、「他律的なシステムを作品の中に援用している作家」という話と、最後の方で触れられた「複数性」の関係について聞かせていただけますか?

粟田 多分それは歴史の問題と絡んでくると思いますが、そもそも「芸術のための芸術」とか、「作品のための作品」とかアプリオリに単一の約束事があるのではなく、というよりも、日本にはそもそもそんなものがあったのかどうか。僕は今日その辺を、沢山さんと土屋さんと議論したいと思っています。日本において、芸術のあり方というものが、西洋のそれとは当然違うのではないのかと思いますが、いかがですか。

沢山 先程の粟田さんの図式ですが、形相についてアリストテレスが述べているときに、アリストテレスはプラトンの影響を受けているので、形相とはプラトンにおけるイデアを引き継ぐものだったわけですよね。プラトンにとってイデアは実体と関係をもたないものだったのに対してアリストテレスはプラトンのイデア論を批判して、逆に形相が物質から乖離していないがゆえに、物事が成されるのだと考えました。形相はアリストテレスによるとお菓子の型みたいなもので、それに質量をはめ込んで実現していくと具体的なオブジェクトになる。で、その過程がポイエーシスであると。ポイエーシスは制作、プラクシスは実践と、日本語では訳されます。でも、アリストテレスが言うような形相と質量、形式と物質との無媒介的な等質性は近代以降批判されていますから、その図式自体がほとんど瓦解していると思います。
 粟田さんがアンフォルメルの話をされて思ったのですが、アンフォルメルにもアリストテレス的な図式にたいする抵抗が内在されていたと見ることもできるかもしれない。「具体」ともアンフォルメルは半ば協働してやっていたわけですが、たとえば宮川淳さんが「アンフォルメル以後」(1963)という論文で主題にしていたのは、アンフォルメルの絵画に見られる物質と行為の弁証法的な関係による表象過程の自立、ということでした。その文章で宮川さんは、ある種の個我の表出、つまり外在的な要素によって圧迫されないような表現主体が物質的に提示されているというアンフォルメルや抽象表現主義理解をやっつけている。つまりある主体を設定したときに、物質という外在的なもの、これを比喩的に他者と言ってもいいと思いますが、そういうものとの衝突なしにアンフォルメルはありえなかった。つまり宮川さんにとって絵画を生産するということは無数の物質的・人間的抵抗を含みうるものだったと思うんです。もうひとつの批判の焦点は、50年代後半から日本ではアンフォルメル旋風というのがあって、アンフォルメルが圧倒的に流行る、模倣されるという現象が起きた。そこには、絶対的に他者と共有できない内在的な過程から導き出されてきたと瀬木慎一らによって説明されてきたもの、つまり本来様式化されるはずのないものが様式化されてしまうという構造的な破綻があった。それを宮川さんは指摘した。針生一郎さんも、タピエが日本に何度も来て、日本にアンフォルメルをテコ入れしている、というようなことを言っています。それは茶番以外のなにものでもない。
 たとえば粟田さんのお話のなかでも、可塑性という話がありましたけど、物体には可塑性が必ずありますよね。可塑性があるものが物体として提示されるということを言い換えると、物体の条件は可塑性である、とも言えると思います。物質がなぜ可塑的であるか、物が変形するかというと、そこに人間の行為や意識が介在するからですね。アンフォルメルや具体は物体の可塑性を前提としてやってきているところがある。むしろ物体の可塑性を極度に強調するわけですね。先程具体やアンフォルメルにはアリストテレス的な図式に対する批判があると言ったのは、そこでは質量と形相とが絶えずズラされ、スライドしていくことによって運動表象が定着されるからです。しかし、それが制作されてタブローになったときに、白髪一雄の作品でもいいですけど、油絵具の可塑性を使ったものは、それが一回定着されると固体化してしまうわけですよね。
 「可塑性」を辞書的にいうと、一回変化すると元に戻らない、という意味らしい。それで、「ヴィヴィッド・マテリアル」に出品された作品などを見させてもらって、具体がやろうとしたある種の表現性っていうのは、物質を活性化させるもので、それをコンセプトとして定着させるということなんだろうと思いました。だけど、名和さんもそうですけど、今の作家の作品だと、物体をヴィヴィッドで視覚的に変容してゆくもの、つまり可塑的なデータとしても扱うわけでしょう。データというのは、可逆的な可変性があるということです。いわゆる「脳の可塑性」と一緒で、事故に遭っても変化できるということです。そうすると、現代における可塑性と、具体やアンフォルメルの時期の可塑性とは、ちょっと違うんじゃないかと思うのですが。

粟田 そうですね。おっしゃる通り、たとえば1950年当時の主体性のとらえ方などみても、今日の作家たちと異なっているように思います。1955年7月号の『美術批評』で、針生一郎の司会で「新しい人間像に向かって」という座談会が行われているんですが、そこで「人間と物質」が議題のひとつとしてあがっている。もちろん単一の自己というものが、本当に日本に根づいていたかどうかはわかりませんが、ここではあくまでも単一の「人間像」を前提に議論が展開されているように思う。先の「具体美術宣言」をみても、「人間と物質」が対立していることが前提とされています。けれども、現代の僕らにとって、こうした対立軸が依然として残っているかというとそうではない側面がある。そこが、沢山さんが指摘された部分だと思います。私が「マテリアル」と言うのはむしろ、単一の主体に抗するソリッドな物質ではなくて、「人間/物質」といった二元的な対立ではないまさに「あいだ」のような別のインターフェースとしての可能性を考えていて、それを可塑性という言葉に置き換えているんですが、当然1950年代と現代とは異なる部分はあります。

雨宮 土屋さんはそのあたりいかがですか?

土屋 お二人の話を聞いていて、アプローチの仕方は違いますが、基本的にはそう遠い話をしていないと思います。端的に言うと、主体が作品をリプレゼントしないということでしょう。いかにリプレゼンテーションを回避するか、ということですよね。そういう言い方は、今まで散々されてきたし、けれども今後もされるべきなのかも知れない。粟田さんの言い方だと、特定の主体というものの生産物ではないもの、まさに対立項の「あいだ」で生産されるような作品という事態が、今日のある種の美術のあり方であって、それが今日的な問題を形成している、ということですよね。一方、沢山さんがおっしゃったのは、たとえば「アンドレの作品」というかたちで見えているものを、ワークではなくレイバーである、すなわち労働という観点で捉えることによって、単一の作家=主体を作品というものに還元されないようなかたちで、作品を記述することができないか、ということですよね。粟田さん、沢山さんがおっしゃっている内容自体には、大きな異論があるわけではないのですが、けれども批評という点においては、どうなんでしょう。
 私にとって文章を書くということは、かなり自己言及的な行為です。確かに理屈では、複数の主体に私自身が引き裂かれつつ生きている、とは言えます。実際、文章を書くという生産過程において、私が複数の主体によって分裂するような場合はある。たとえば、文章を書くという生産過程があまりにしんどいので、没主体的にYouTubeとかニコ動とかを延々見ちゃったりするときが、仮にあるとします。しかし生産物をまとめ上げなければならないとき、仮想的なものではあれ、主体を立ち上げる必要がある。そうしないと、YouTubeの無限ループから抜け出せない(笑)。そういうふうに、ごく世俗的なレヴェルで言えば、確かに複数の主体はある、と言えるかもしれない。けれども、文章を生産する行為が、極めて主体的かつ自己言及的なものであるとするならば、お二人にとって、そもそも文章を書くというモチベーションは、どこに設定されているんでしょう?

粟田 私の場合は、美術について言論するときの主体と、それ以外の主体は完全に分裂してしまっているように思います。そこに二つの自己があるので、単一の自己言及的な主体があって、それが自分の生活に還ってくるといったような書き方ではないかもしれない。

沢山 作家もそうだと思いますが、土屋さんがさっき言ったような、能動的に何かを行うということは、実際はかなり受動的にやっている部分が大きい。だいたい、能動的に「これを作りたい、これを書きたい」と思ってやっている人は、もしかしたら幸運な人なのかもしれない。僕なんかはそういうタイプの人間ではなく、あえて自己言及的にいいますが(笑)むしろワークというより、レイバーとしてやっている部分がある。作品と違うのは、言葉という公共化されたツールを使っているにもかかわらず、日本語であるという矛盾があるところでしょうか。公共化されているのに全然グローバルではないドメスティックなツールを使って、批評を書いている。そこで言えるのは、主体性をもって書いているけれども、他者の同意を得ようとすることが基本条件である、ということです。「これはこうである」と、独断でやってもしょうがない。むしろ、「これはこうでしょ?」というような、ある種の同意を求めるような問題設定がなければならない。そのために言葉は論理性をもっていなければならないし、それが批評の条件でもあると思います。だから、主体的に書いていると言うより、自分を少しだけ脱主体化して、他者になりかわって書くというようなことも、批評の現場においては必要になってくる。ある種のねじれというか、複数の場所に引き裂かれている状況が、僕にとっての批評なのかもしれないと思います。

土屋 他者を成り代わるということは、他者にプレゼンするということ?

沢山 いや、たとえば「この作品いいでしょ?」ということを、独断的に言ってはいけないわけですよね。まず「なぜこれがいいのか?」ということを言わなければならない。「この状態においてはこれはこういうことになっている」と説明するためには、その相手と何を共有していて、何を共有していないのか見えていないと、書けないと思うんですよね。

土屋 文章を書くという動機付けというのは、確かに外在的に与えられるわけです。原稿依頼で書いたり、よく分からないもの――たとえば「美術犬」とか(笑)を始めてしまったり。これは確かに、他律的であるといえるかもしれない。でも、自分がやってしまった行為やその生産物には、署名をするわけです。そこで、自分がやっている行為をレイバーであると言い切れるかというと、かなり怪しい。たとえば、沢山さんが書いたアンドレ論において、「沢山遼」という署名がなくてもいいのだろうか、という素朴な問題があると思う。私は文章を書くという行為に、そこまで隷属的にはなれない。それは単に私が子供なのかもしれないけど。

粟田 ただ一方で、既に違うペンネームで、どこかで書いている可能性もある。私の場合もたまたま『美術手帖』で受賞したときの名前が粟田大輔だったわけですが、単一化された自己像と向き合うのがひどく億劫なこともある。だから、たとえばペンネームを使うことで違う自己を形成することもひとつ手なのかもしれません。

土屋 手かもしれないけども、それをやったところで何なんだ、ということです。

粟田 逆に言うと、「土屋誠一」だからこそ、書けないことってないですか。僕はあるんですよ。「粟田大輔」ということ自体で少なからず自己抑制してしまっているところがある。デュシャンのローズ・セラヴィじゃないけれど、それは別の人格を形成することで解消できる問題なのかもしれない。

沢山 たとえばサインするとか名前を書くということで言うと、自分が毎日日記を書いているそのノートに、名前を書いたりはしないわけですよね。あるいは夜な夜なこっそり詩を書いているときに、そこに「沢山遼」とは署名しない。名前を出しているということは、自分のことを公共化しているということなので、もちろん自分自身を主体として書いているけれども、それは「外に出ている者として書いていますよ」ということのためです。他者に成り代わる、ということは、自分が「非・沢山遼」になるという意味ではないです。

雨宮 えっと、話を切るのは心許ないのですが、時間的に、もうすぐ休憩を入れようと思っているので。今の話で面白いなと思ったのは、自己とか主体性の話が今回ずっと続いてて、自己と書き手の話になっていて、沢山さんのアンドレの労働の話から自分の話が労働になっていて、そのダイナミックな感じが結構おもしろかったです。それに対して粟田さんの自己を分割しているっていう話、日常レヴェルでしゃべっている自分と、美術のことを語るときの自分のこと。その辺りが非常に興味深いところです。

粟田 それが本質的なところなのではないでしょうか。

雨宮 いま触れているところは面白いですが、時間が少なくなるのは目に見えているので、いささか強引かもしれないですが「批評」という原理的なテーマに戻りつつ行きたいと思っています。沢山さんにしても土屋さんにしても、『モダニズムのハード・コア』を見て驚いたという話をしていましたよね。先程話されていた主体性の話に接続する可能性もありますので、バカな質問かもしれないけど、批評を始めた理由のもっと原体験みたいなものをお聞きして後半の討議の理解の助けとしたいと思います。『モダニズムのハード・コア』など、今まで触れたことのない「批評」に出会ってシビれた以前の、そのまえにそもそもなぜ美術に触れたのか? そこをお聞きして休憩にしたいと思います。ごく短くでいいです。言いたくなければ言わなくていいです。「私のスタンスとしてそれ言っちゃうとちょっと……」ということであればパスでいいです。

粟田 私自身は、もともと建築家になりたかったんですよ。それで建築の勉強をしていたんですけど、いろいろあって、どうしようもなく絶望したわけです。で、もう辞めようと。そのときなんとなく頭の隅に美術というものがへばりついていて、私にとってそれは一種の闇だったわけですが、それに対峙してみようと思ったことが、いまこの場にいる一つのきっかけと言えるかもしれない。

雨宮 なるほど、わかりました。沢山さんはお答えいただけますか?

沢山 僕は倉敷出身なんですけど、大原美術館というのがあって……。ということを言うと、大原美術館があったから絵を好きになったのか、と言われるわけですけど、それが理由ではないんです、たぶん。自分が絵を見たりするのを好きになった理由というのは、正直いうともうあまり思い出せない。でもそれが中学生くらいだったというのは記憶しています。そこから飛躍して美術批評を始めたきっかけというのはそんなにはっきり断言はできないですが、批評というのはある種の芸術的な感性のレヴェルと論理的なレヴェルの両方が必要だと思うんです。僕の場合もともと哲学とか思想に対する興味と芸術に対する興味が両方あって、それで芸術系の大学の芸術学ができるところに入った気がします。

雨宮 土屋さんは?

土屋 ちょっと誤解を招く感じに聞こえるかも知れないけど、基本的には、美術に関心があったから美術評論を始めたわけではないんです。たまたまそのときに勉強していたことが美術だったので、美術について書いたら、書き始めることになってしまった。なので、そもそも美術作品に感動したことがあったとか、それについて何かを知りたいというところから始めたのではなくて、むしろものを書きたいというのが先にあって。だからその動機付けというのは、端的に「評論」が好きだということです。これは後半の話にも触れるかもしれないから、あえて乱暴なこと言うと、私が評論を書く際には、「美術作品はなくても、美術評論は書ける」と思っているところがあります。

雨宮 それでは15分後に再開したいと思います。

共同討議2

雨宮 では、残り時間も少なくなってきましたが、後半を始めたいと思います。前半部分で出た話で突っ込んで聞きたい話もたくさんあるのですが、時間的に難しい感じです。会場にいらっしゃる方は、最後に質疑の時間を設けますので、もし質問がありましたらご用意しておいていただければ、と思います。前半部分の最後の方で触れた、批評に対する各々の立場についての話を受けて、さらに批評の実践の、現実的なお話しをお聞きしたいと思っています。今現在、批評がどのような地平に立っているのか? 少なくともそれだけは、触れておきたいと思っているのですが。

粟田 その前に1つだけ、最初にあった質問について良いですか。土屋さんが言っていた「歴史の問題」についてですが、あれは「批評家として歴史を読み解く」というのと「美術史家として歴史を読み解く」という二通りのスタンスがあり得ると思います。土屋さんは当然「批評家として」だと思いますが、それについてどのように考えていますか。

土屋 今問いかけられたことは、まさにこの後半でお話ししようと考えていたことです。いま手元に、『美術批評と戦後美術』(ブリュッケ、2007年)という、2004年に美術評論家連盟が結成150周年に行ったシンポジウムをまとめた本があるのですが、たとえばこのように、戦後美術における言説を歴史化するような作業が行われています。私自身、戦後に書かれたテクストを読み返す機会がしばしばあります。そこで常々思うのは、40年前でも50年前でもよいのですが、今日の視点からその頃に書かれたものを読み返してみると、何が書いてあるのか、意味が解らないテクストに多く突き当ります。私の読解能力に問題があると言われればそれまでですが、恐らくそれだけではない。美術について語られる言葉が、きちんと歴史的に継承されて来なかったのではないか。かつての美術批評のテクストが読み取り難いのは、そんなところがその理由なのではないかと思うのです。私自分がテクストを生産するにあたって、ではどうするか、ということを申すと、何らかの共約可能なフォームをあらかじめ決定しておかなければ、そのテクストは何を言っているのか解らないだろうと思うのです。先程、沢山さんがおっしゃられたように、テクストが読まれる他者をきちんと想定しない限り、そのテクストはただのモノローグに終わってしまう。そこでは、テクストの拠って立つフォームを、嘘でもいいから構想する必要がある。そのための参照項として、過去の美術批評の蓄積を再検討し、一見何を言っているのか解からないテクストであっても、いま一度解きほぐす作業が必要なのではないか、と考えています。それは、クリティックに対するクリティック、いわばメタ・クリティックということになるのかもしれませんが……。先程私が言った、「美術作品が無くても美術批評は書ける」ということは、そういったことにも関わる話です。美術批評は必ずしも、美術作品について述べられているものでなければならない必然性はないわけです。
 もう少し別の角度から、過去の美術批評の変遷を追ってみます。さっき例に出した『美術批評と戦後美術』という本の中で、針生一郎さんがこんな言い方をしています。針生一郎、中原佑介や東野芳明、あるいは石子順造とか、さらに宮川淳とか岡田隆彦なども加えてよいのかもしれませんが、そういった50年代から60年代にかけて美術批評をリードした批評家たちは、「批評の自律性」を目指していた。それから、70年代以降の批評家たちは――これはおそらく「もの派」以降の世代を指しているんだと思いますが――、「批評の自律性」よりもむしろ、「作品の自律性」のを優先するようになった、と。この言いかたは、良く分かります。この「自律性」の変遷は、美術界を形成する下部構造によるものです。その下部構造について端的に言うと、70年代以降に美術館がたくさん建設される、ということです。美術館で生産される批評的言説は、必ずしもテクストという形をとらなくてもいい、展覧会という、美術作品に即した形式をとっていてもいい。つまり、美術における批評の在り処が、美術館という公的なインスティチュートによって代理されるようになった、ということです。では、それ以前はどうであったか。大雑把な年代区分ではありますが、70年代以前に下部構造にあたるものは、たとえば『美術手帖』などの雑誌メディアだったわけです。実際、50年代から60年代にかけて活躍した批評家たちは、ほぼ毎月のように長いテクストを、『美術手帖』に寄せていたりする。要するに、「批評の自律」が可能であったのは、原稿収入だけでわりと生きていけた、ということでもあるでしょう。
 先程、雨宮さんは「ここに座っている3人は美術評論を生業としている」と言っていましたが、実際のところ収入としては「生業」になんてなっていない。批評だけで「生業」になっている批評家など、ほとんど存在しないでしょう。そこで、今現在の状況に即して言うならば、そもそも下部構造が存在しないのだから、美術批評など必要ないのではないか、という問いも出てくるかもしれない。そうは言いながら矛盾するようですが、私は「美術批評家」という肩書きで文筆活動をしています。私にとって文章を生産しようとする動機は、批評の歴史的な系譜を意識しつつ、その上でいかに考えていくか、ということに、多くの場合基づいています。食うために書いているわけではないので、そんな動機がない限り、一体何のために書いているかわからない。少なくとも私にとっては、美術評論が自律し得るような状況を構築していかないと、そもそも評論なんて書いたって意味がないのではないか、と思うわけです。つまり、他律的に与えられる「作品」という対象がなくても美術評論が書ける、というモチベーションがない限り、評論を書くことができない、ということです。粟田さんはどうですか?

粟田 作品の場合も同じだと思うんですが、もちろん他律的に与えられただけで成立するとは思ってはいません。あくまでも外在的な動機のようなものに従属しながら、内在的に再構築できるか、ということです。単純に自然現象をあるがまま置いたところで、それは表出行為とは言えないですよね。

土屋 いや、私がお伺いしたいのは、作品が自律するか否かではない。粟田さん自身が批評を書く場合、そのモチベーションをどういったところに置くと、粟田さんのテクストが生産されるのか? ということ。

粟田 土屋さんは、「土屋誠一である」ということのために批評を書いている、ということですよね、おそらくは。批評の立場に戻って言うと、先ほど40年前、50年前の批評を読むと、何を書いているかわからない、と仰っていましたけれど、たとえば中原佑介の「創造のための批評」(1955年)という、第二回の芸術評論募集で受賞した文章があります。私はこのスタンスにとてもシンパシーを感ずる。ここでは、自己の生とかかわるような批評を書いて、何になるのか、ということが問い直されている。批評は、作品を解釈するものではなく、変革するものでなければならない、と。なので、私は何らかの表出として「作品」を前提としています。そうじゃないと、美術批評はできない。同時代はもちろん過去の作家をみても自覚的な人もいれば無自覚な人もいて、そこにコンテクストをどのように与えていくか、ということも、批評家のひとつの役割であると考えています。作品が潜在的に持っている可能性を引き出し、それを変革していく、ということが、私が現段階で考えている美術批評です。だから、中原さんが当時言っていた「創造批評」というスタンスを軸にしていると言えるのかもしれない。

土屋 素朴な疑問を加えさせてください。私は作家が無自覚であるとは思わないけれど、ここではひとまず、無自覚で何も考えていない頭の悪い作家が仮にいると想定してみます(笑)。そいつは、わけもわからないまま、作品らしきものを作っている。で、そこに言葉を与えてやることによって、その作品らしきものが持っている内在的な可能性を抽出する、と。粟田さんが仰ったことを乱暴に単純化して言い換えると、そういうことになると思うのですが、そもそも、なんでそんなことをする必要があるのか。そんなものは、作品を生産している作家本人が勝手にやればよいのではないか、と私は思うんですね。もちろん私自身も、そういった、いわば通訳的な役割は全然していない、というわけでもありませんが。けれども、言語的に未分化な作品を言語化して、クリアに見えるようにしてあげましょう、というようなボランタリーなモチベーションの在り処は、一体どこにあるのか。それをむしろお聞きしたい。

粟田 そもそも美術批評家になることが目的で文章を書いていたわけでもないし、結果的にそういう立場で公の場に出ることが少し多くなってきたのだけれども、それではいけないから自分なりに「美術批評」という文脈に対して責任をとっていく必要がある、というのが書くことのモチベーションです。私自身もボラティアで翻訳しようとする意識はまったくありません。

沢山 僕は土屋さんと違って、作品が無いと批評ができないと思っています。僕自身、批評を始めたばかりなので、言ってみればビギナーです。もともと批評を始めたきっかけというのは、そもそも、絵を描くとか彫刻を作るというのは僕にとってはとんでもない話で、一から何かを作るというのは想像もつかなかったからです。批評というのはある意味では、一次的なものに対する、二次的なものだと思っているわけです。作品のほうが先行していて、言葉はそれに後続するものである。けれどもむしろ、そういう部分にこそ批評のポジティヴな可能性があるのだと思います。
 土屋さんがおっしゃったように、批評のインフラなんて無いに等しいのは事実です。ですが、批評をやっている喜びというものも、勿論あるわけです。それがないと批評なんて書けないわけですが。とはいえ、そこにインフラが無いということへのジレンマもまた、当然あります。しかも僕は、土屋さんのように『美術手帖』に毎月三本の展評をやるという仕事もやったことがないし、粟田さんのように展覧会を組織することをやったこともない。つまり現場批評的な意味で、批評家かどうかと問われれば、完全に脱落しているような者ですので、そういう面では自分を批評家であるということをはっきりと言うことができません。それで、僕が何をやってきたかというと、一方で現代美術についてのことは書いてきましたが、一方ではその歴史研究みたいなこともやってきたわけです。アメリカの戦後美術を中心として論文を書いてきたわけですが、そのようなある種の二足の草鞋は、今後もやっていきたいと思っているんです。単なる歴史研究だけではつまらないし、現場批評的な意味での批評はもうすでに終わりつつあるだろうという認識もあります。それに抵抗しようという思いは、いま現在ありません。ですが、批評の概念を拡張するというか、再編するというか、ある種の改革をしていくようなことはできるのではないかとも考えています。二足の草鞋と言いましたけれど、書かれた対象にテクストが規定されるということにこそ対抗すべきで、押し並べて美術作品について思考されたものはすべて美術批評であるという姿勢でテクストを生産していくということができないだろうか、ということを常に考えています。たとえば、ある種の現代的な作品が世に出てきたときに、それが重要であれば書かざるを得ないということはあると思うんです。重要な出来事が起こったときには誰かが書かなければならない。そういう事態に遭遇できるかは、書き手の運命でしょう。そういう緊張感は、歴史的な仕事をするうえでも、必ずしも無意味であるとは思えない。そのように同時並行する仕事を統合して、批評の概念を拡張していく、ということはあり得るのではないかと思っています。

雨宮 では、あっという間ですが、そろそろ終了時間も近づいてきたので、会場からの質問をお受けして、そこからまた話を展開させられたらと思います。

質問者A 「美術犬」という名前のついた場所で、美術以外のことをお聞きするのは恐縮なのですが、批評というくくりでお聞きしたいと思います。土屋さんは冒頭で、美術作品を作品だけで判断すると、かえって見誤る可能性があるので、ある意味、文脈だったり歴史だったりを知ることが大事である、というようなお話しをされていたと思います。それと、先程紹介されていた『美術批評と戦後美術』は私も読んだのですが、針生一郎さんなどが、1950年代ぐらいは必ずしも美術批評は閉じておらず、文芸評論家とも交流を持つし、たとえば岡本太郎との交流もよく知られているわけですが、他のジャンルとの交流があったと思います。そこで、今までの討議を拝聴していてお聞きしたいと思ったのが、批評家としてどうあるべきか、ということと作品とどのように向かい合うべきか、という二点については大体わかったんですが、それらはあくまで美術作品に限られてしまっている。ところが批評というものは、絵画のような美術の特定領域から取り出したものとは違って、他の分野におけるコンテクストと美術におけるコンテクストの話でもなんでもよいのですが、他の表現についても批評の対象となるでしょうし、他の分野の文化にまつわる批評についてどのようにお考えになっているのか。それをお聞きしたいと思っています。

沢山 ちょうど昨日、針生一郎さんにインタビューをしてきたんですね。針生さんは、「夜の会」という総合芸術を目指す会合に23歳のときにお入りになった。花田清輝とか岡本太郎とか安部公房とかもそこにいました。それで僕がその時すでに美術に興味をもっていたのかと尋ねてみると、針生さんは「夜の会」にいた時代の後に美術批評を始めたわけですので、それが初めて美術に触れた原点ではあるものの、針生さん自身はいまだに、文芸批評家であるというアイデンティティを持っておられると言っていました。ではなぜ、針生さんが美術批評を始めたかというと、原稿料が高かったからということがひとつ。もうひとつ、ポジティヴな理由としては、「言説は摺り合わせや辻褄合わせが効くけれども、美術というのは実体であってオブジェクトであるから、直接性があってごまかしがきかない。その物体としての直接性に変革の可能性を見いだした」と仰っていました。針生さんの場合、文学か美術かという二項対立ではなくて、そのメディアのどこに積極的な変革の可能性があるのか、ということをメディウムがもつ有効性の問題として考えておられる。これは、アメリカの美術批評の用語で言えば「メディウム・スペシフィック」な問題、つまりその媒体の素材的・技術的特性に応じて文学や美術の可能性を見いだしていく、ということです。それは同時にメディアというものを他のメディアと絶えず関係し、競合するような社会的なものとして見なすということでしょう。僕はそういう部分に共感します。

粟田 私もかつての『美術批評』のように、美術批評家に限らず詩人やいろいろな立場の人が書いているという状況がベストだと思います。この雑誌には「ラウンドテーブル」という投稿欄もあり、読み手からの率直な意見も寄せられていて、「言葉」が次々と連鎖しながら別のテクストを生むといった場がある程度機能してつくり出されていたように思う。私自身のことで言うと、当然演劇や映画についても書きたいと思うけれども、今の段階ではまず「美術」に重きを置きたい。ただし、他ジャンルについても積極的に書きたいというスタンスは常に持っています。

雨宮 では、射程距離としては美術のみを設定しているわけではないと。

粟田 そうですね。『美術批評』を読み返していて面白いのは、美術以外の動向についても論じられていて、それらが「美術」の問題と連鎖しているということです。なので、むしろそういったメディアをつくる必要性を強く感じています。

雨宮 土屋さんはいかがですか?

土屋 今の質問について直接の答えになるかどうかわかりませんし、素朴な実情から話しますが、他のジャンルについて書くことを、私自身比較的行ってはいるんですね。多いのは、写真についての評論や歴史研究のようなものですが。土屋は、美術批評家なのではなく、どうやら実際には写真評論家らしい、という不愉快な言われかたをすることがある。でも私としては、一度も写真評論家であると表明したことはないし、美術批評家以外の何者でもないと思っています。さらに言えば、半ばメディア論めいたことを書くこともあるし、違う守備範囲のことも書いている。昨今では、美術作品と写真作品は同じジャンルのものとして語られることがしばしばありますよね。それはベタに言えば、美術館に写真という形態をもった作品が並ぶことが多いからです。たとえば、杉本博司の作品なんかだと、たかだかペラペラの写真であるにもかかわらず、ウン千万もしたりする(笑)。美術と写真は、同じジャンルであると思われがちだし、実際、同じジャンルであると見ても構わないとは思いますが、美術と写真の歴史的な形成過程は、端的に言って全く異なるわけです。美術と写真、それぞれについての言説の変遷史もまた同様です。
 私自身、それらについてテクストを書く際には、それぞれのジャンルの特性に従って、半ば無意識的に語り分けています。それらが私自身の中でうまく統合されているかというと、全くされていない。たとえば、メディア論めいたことを書くときにも、美術批評家という肩書きは使うけれども、ひとつの語り口として上手く統合することが難しい。そんなジレンマは感じています。語る対象のメディアのサイズと言うことについて、先程沢山さんが述べられていましたが、対象とするメディアやジャンルの差異によって、語りのスタイルや語る方法が、その都度変わってしまうということが、私自身の実情としてはあるような気がします。それは、良いことなのか悪いことなのか……。私自身はあまり良いことだとは思っていないのですが、現状としてはそのようになってしまう、といったところです。

質問者A もう一点お聞きしたいのですが、粟田さんが仰っていた「原もの性」みたいなものは、現代の造形作家の傾向性に止まらないものとして、たとえば映画などもまた、ある種のマテリアルのひとつとしてとらえて見つけ出していく、というような方向に行かれるのかどうか。それをお聞きしたいです。

粟田 私にそれだけの機動力があれば、やってみたい。それから、先ほどの土屋さんの話ですが、土屋さんも写真と美術と、メディアの違いによって他律的な複数性を抱えていますよね。さっきはネガティヴな発言のようにも聞こえましたがが、そこはポジティヴに考えても良いのではないかと思う。

土屋 けれどもそれは、事後的にそのようになっているのです。

粟田 いいじゃないですか、事後的にそのようになっていることは。

土屋 客観的に「土屋誠一という主体」を観察すると、どうやらそのようになっているらしい、ということはわかるんだけれども、私自身のプラクティスのレヴェルにおいて、正しく実践できるかどうかは別問題ですね。

質問者A なぜそのような事を質問したかというと、50年代60年代とかに宮川淳とかが言っていたことは、主体が単一であるような、人間が物質と向き合っていたというようなことが言われていたと思います。ですが、現代ではだいぶ変わってきて、それは美術というものの在りように関係しているのではないかと思うからです。作品を観ることによって刺激が生まれるということでしたが、それだけ聞くとなんとなく閉じた、作風とだけ出会っているようなものに思えます。最初に土屋さんがおっしゃった、「フォーマリズム的な文脈を剥ぎ取った方が本質は見えてくる」ということに近づいてきているように思える一方、実際は違うはずですよね。複数の自他と言ったときの「複数」とは何を指し示しているのかと、お聞きしたかったのです。

沢山 狭い意味での現場批評・状況批評の問題というのは、いわゆる歴史的な「研究」と大きな違いがあって、それは作家が生きているということです。もっと具体的に言うと、作家が生きていて、作品があって、観る人がいて、展覧会場があって、批評が成立する。つまりその意味で、「批評」とは常に制度的なものでしかありえないと思うんですね。作品と真摯に向き合うなんて、作家が生きている以上は不可能だし、実際は猥雑な空間に満ち満ちています。ただ逆に、僕はそのあたりに、ある種の可能性を見てもいいのではないかと思います。

雨宮 もっと聞きたいことも、突っ込みたいこともたくさんあるのですが、時間が迫ってきてしまいました。批評のインフラのこともそうだし、美術作家との距離のことも、先程出た「可能態」のことについてももう少し聞いてみたいところです。余談ですが、さっきの休み時間に、「なぜ可能態の話なんていう、雨宮の作品に近いセンテンスが出たのに自作の話をしないのですか?」なんて、お客さんのひとりに言われました。ですが、今回は評論家にたくさん喋ってもらいたかったので僕の作品の話は控えました。本当は自分の作品の話が一番好きなので、終了後聞きたい人は話しかけてください(笑)。

粟田 じゃあ、逆に最後に雨宮さんに聞いていいですか。雨宮さん自身はいわゆる美術批評と言われるものを読みますか。たとえば、最近面白い批評とかありましたか。

雨宮:基本的にスゲー……読まないです(笑)。それ言っちゃうとどうしてそんなおまえが「批評」の会で司会なんてやってんの?って言われちゃうと思うけど、正確に言うと、実はすごく目にしてはいるんです。ただ、先程50年前の評論が頭に入ってこないと土屋さんがおっしゃっていたけれど、実は現代の、先週出たばかりの雑誌に掲載されている評論だって、目がスベることだってあるのです。それは、スベって当然の場合だってあると思う。なぜなら、世に出てきた美術作品が全てすばらしく心に届く物とは限らない、というかその逆の場合の方が多い、それと同じ理由からです。つまらないものが沢山ある。でも、もちろんつまらなくないものもある。つまらなくないものがちゃんとタイムリーにキャッチできるシステムが無いと、すっごくベタな言い方すると「もったいない」じゃん、と思う(笑)。と言うのには理由があって、「作品」と「批評」って、優位性がどちらにあるとかそういうことは無いと思っているけれど、それらの持つ性格上「時制」はあるじゃないですか、作品批評に限って言えば、どうしたって「作品」が先にあってそのあとに「批評」がくる。そこでちゃんとキャッチボールが成立すると、僕らがより先に行ける可能性があるんです。もちろん無くたって「作品」作る人は、先に行こうとするんだけど。要するに、僕ら作家が「作品の近未来に託そうと予想しているもの」もしくは「作品で示せるかもしれない近未来」を批評で言っちゃってほしい、っていうふうに、心のどこかで思っているんです。自分の作品に限らず、同世代の作品でもかまわない。自分が知りたいと思っていることの可能性について誰かが文章化して、あーなるほど、あの人が言っていることはよくわかる、そんな風に思えたら、作家っていう立場の人間はそのことについての作品を今から作ろうとは思わないことが多いはずです。それは過去のこととして、違うことをし始めると思う。なので、美術作家の側から言うと、「作品」と「批評」の関係性は、時制的に健全なジャンプ力が持てる可能性のあるものだと思うし、それが成立したならば良い空間ではないかと思っています。ですので、一応批評は読むようにしてはいるけど、正確な意味では読んでいないことが多いと思います。

粟田 もちろん、読まなくても良いとは思いますが、なんというか、批評というのは闇というか作品の影というか、そういうものとして機能していれば良いんだと思います。

雨宮 闇かどうかはわかりませんが、もちろんそれはスゴくあるし、会場にいらしている方のなかで、作家の方や作家の卵の人もたくさんいらっしゃると思うけど、スゴくイヤな引っかかりとして批評の在り処、というものがあるからこそ、この会場にいらしてるのだと思うし、潜在的にはウェブで公開するのを待ってくださっている人もいると思う。実際、美術作家と批評というのはとても近しい存在なわけじゃないですか。近いから解るかどうかといったら、それは別の話だと思うのですが、批評の側から見たら被対象であるはずのとても近い関係であるはずの美術作家が、「先週出版されたものでさえ目がスベる」なんて人前で言ってしまっているわけなので、その状況自体がかなり怪しいことになっているな、どうにかならんもんかな?というのがわざわざこういうことを始めた僕自身のモチベーションでもあるわけです。

粟田 でも、たとえば「マテリアル」っていったときにそれに引っ張られちゃうのは違うと思いますよ。

雨宮 あー、それは、いろいろな意味で心配しなくて大丈夫だと思う(笑)。

粟田 別に批評家だけの発言だけではなくて、あんまり言葉に「あっ、そうなんだ」って引き寄せられてしまうと、野生みたいなものが損なわれてくる気がするから、作家にとって批評は抑止力程度にとらえていた方が良いかもしれない。

雨宮 本格的に時間が少なくなってきましたが、最後に少しだけ他の話に行きますが、その前に。『美術手帖』は普段なかなか買わないんだけど、今月は沢山さんの文章を読むために買ったんです。でも、批評を読みたくて買ったのにそれについて読むところがあまりに少ない。せっかく批評の受賞作品を掲載しているんだから、まずはちゃんと批評特集にしろよ!という気分です。批評みたいな紙で読んだ方がベターなものを、ちゃんと紙で読みたいって人はいると思うんで、その辺は堂々とやって欲しいと思う。それと、美術出版社の芸術評論募集が数年に一度のものであれば、もっと脚光を当てても良いんじゃないかと思う。なのに特集は「アーティストになるための基礎知識」?? 僕はもう10年アーティストやっているのに、それを持って歩く恥ずかしさ考えてくれよと(一同爆笑)。ま、それは冗談として、最後にパネリストの方々に最後に改めて「未来」について聞きたい。近い未来でも具体的な未来でも、抽象的な未来でも、遠い未来でも良いので、お話しください。実はこの質問は、以前に自分がパネラーとして出たシンポジウムでパスしたことがあります。僕はその時は、「明日のご飯もわからないぐらいの現在なので未来なんてわかりません(怒)」みたいに突っぱねちゃったんです。ですので、そんな僕からの質問なんでそれもアリとしてお聞きします。それを置き土産として終わりにしたいと思います。では、どなたからでも。

粟田 じゃあ、先に喋った方が良さそうなので私から発言すると、今僕らが同時代の美術の動向について書けるような場所って、レビュー欄しかないような実情です。ですので、私の中ではなるべくレビューの場合も連載を念頭に書くように心がけています。もちろん連載という枠を維持できるような強度のある文脈をまずつくらないといけないんですが、とりあえずレビューという形式でそれをどこまで続けていけるか、ということがまず私の中で打破していかなくてはならない未来です。

沢山 批評というのは、先程雨宮さんが仰られたように、事後的なものを条件としているのですが、読み物なので、誰かが読むわけです。それが美術作家である場合も当然のようにあって、理想としては美術作家がその批評を読んで、なにかしらの作品においてのレスポンスがあるということが批評におけるポジティヴな可能性としてよく言われている。僕もそのように思います。誰に一番読まれたいかというと、書かれている対象の人に読まれることが自分自身にとって一番の刺激になるのではないかと思います。ですので、批評というのがある種の事後性というのを条件にしながらも、どこかで、あり得るならば未来を先導したいという野心も同時に持ちえなければならないと思います。つまり、批評というものには「現在」という事象だけが欠けていて、「近過去」と「未来」という事象だけがあるのではないかと思っています。

土屋 今、沢山さんがおっしゃられたことに私もほぼ同意します。現存する作家についての作家論を書くときは、確かにその作家に読んで欲しいとは思います。けれども、さらに言うと、その作家が今後作品を展開していくことが不可能になるくらい(笑)、先の展望も含めたすべての可能性を書き尽くしてしまう、ということが望ましい。私はそういう、半ば倒錯的な欲望をもっているのですが。それはよいとして、その一方、批評家に読んでもらいたいという欲望があります。名前が出ている批評家だけでなく、表面化していない潜在的な読者=批評家はいると思いますが、肯定的であれ、否定的であれ、具体的なレスポンスがあったほうがいいとは思う。私自身、それを実践として実行できていないので、今後はそれをやらなきゃいけないのかな、と。ただ、批評家同士のレスポンスというのを可能にするためにも、批評という言語そのものを、もう一度考え直さなければいけないのではないか。互いに言語を交わす共通する基盤もないところで、何かを言い合っても、単なる居酒屋の喧嘩にしかならない。なので、もう一度歴史的な観点から美術批評の言説というものがどのように形成されてきたのか、ということをもう一度再考しつつ、捏造であってもよいと思うぐらいですけれども、改めて再構築しないとちょっとマズいんじゃないか、というような危機感を抱いているわけです。「美術犬」というものを始めたのも、そんなことがきっかけのひとつになっています。ですので、「こういうことを続けていくしかないでしょうね」ということが、未来に対する展望です。

雨宮 では、もっと喋りたいこともあったのですが、土屋さんが締めてしまったので(笑)。先程、「目がスベる」なんてのを連発しましたが、すごくシンプルな話、漢字で「粟田大輔」って見るよりも、この生物としての形を知っている方が、少しでもその人の文章から目がスベらずにいられると思うんです。なので、こういう場所っていうのはたくさんあって良いんだな、って思いますし、今後パネリストの皆さんの文章も興味深く読まざるを得なくなっているこの状況は悪くないな、って思います。僕はこんなことをしていながら、シンポジウムとか行かない人間なんだけど、ちょっとは行こうかな、って思っているところです。会場の皆さんも、今後、前にいるパネリストの動向や、書くものにご注目してくださればと思います。では、長時間にわたりご静聴ありがとうございました。

(2009年10月24日、横浜・BankART Studio NYK 1F BankART Mini galleryにて。テクスト化にあたって各パネリスト自身による加筆修正が施されているが、最終的な文責・編集責任は「美術犬(I.N.U.)」編集部に帰属する。)

| トラックバック (0)

シンポジウム「批評!!」残席わずか!!

既に開催のお知らせをしておりますシンポジウム「批評!!」ですが、好評につき、既に予約者数が会場定員に達しようとしています。

(予約してくださった皆様、ありがとうございます!!)

会場が手狭のため、予約者数が定員に達し次第、締め切らせていただきます。

まだいくらか残席がありますので、予約はお早めに!!

急げ、走れ、噛みつけ!!

「美術犬(I.N.U.)」 第五回企画 シンポジウム「批評!!

2010年10月9日(土) 14:00~

予約メールアドレス:bijutsuken@yahoo.co.jp


シンポジウム「批評!!」開催します

「美術犬(I.N.U.)」 第五回企画
シンポジウム「批評!!
企画概要

■開催趣旨
 2009年2月、シンポジウム「美術」によって始動した「美術犬(I.N.U.)」は、ゆるやかな活動ながら、これまで4つのシンポジウム開催を重ねてきました。今回は、昨年10月に実施したテーマ、「批評」を、再び議論のステージに上げることとしました。
 世に言う「ゼロ年代」も通過し、今日の美術作品は新たなステージへの胎動を示しているように思われます。それは、次に来たるべき美術の到来を、示しているのかもしれません。
一方、美術に対する「批評」は、そのような美術作品や美術界に対して、どういった寄与をなし得るのか、あるいは、どういった態度を取り得るのでしょうか。いや、むしろ、「美術批評」は、美術に対する単なる傍観者にとどまるのではなく、積極的に状況に介入し、新たなる言説空間を構築すべきなのではないか。
 当否はいずれにせよ、「美術批評」のあるべき方向性は、まだ議論すべき多くの余地が残されているはずです。美術における「批評」とは何か。そして今、「批評」は何をなすべきなのか。そのような議論の場を拓くべく、いま再び、美術の「批評」をめぐる、闘技場(アリーナ)を創出します!!

■開催要項
「美術犬(I.N.U.)」 第五回企画 シンポジウム「批評!!
日時:2010年10月9日(土) 14:00~
会場:Studio White CAB(東京都大田区下丸子2-16-14 東急多摩川線下丸子駅から徒歩7分)
定員30名限定(手狭な会場なので、事前のメール予約bijutsuken@yahoo.co.jpをお勧めします)
   ※会場が住宅街の中にあるため、最寄駅からの道順がわかりにくくなっております。事前にアクセスマップを注意してご参照いただいた上、ご来場ください。

パネリスト:粟田大輔
      沢山遼
      保坂健二朗
      藪前知子
      土屋誠一
    雨宮庸介(司会)
入場料:500円
問い合わせ:070-5555-0142(当日のみ)
bijutsuken@yahoo.co.jp

■「美術犬(I.N.U.)」について
「美術犬(I.N.U.)」は、美術とその言説について考えることを目的とし、作家・批評家らによって結成されたゆるやかな運動体です。この運動体は、固定的なメンバーがイニシアティヴを掌握するのではなく、都度の企画に応じて流動的なメンバー構成で、活動を行っていくものです。これは、対話による合意を生産するのではなく、より多数の人々と討議を交わし、摩擦係数の高い言説空間の出現を目論むためです。
現代の私たちは、文字通り「犬」的な時空間、すなわち「ドッグイヤー」の激流のただ中に生きています。ではそこで、美術の「犬」は、吠えるのか? 噛み付くのか? 嗅ぎ回るのか? あるいは撫でられるのか? 即座に具体的なアクションを起こさなければなりません。閉塞的な美術についての言説空間を活性化させ、より立体的に美術について考える事を目的に、シンポジウム・講演・対談・インタビュー・ウェブ上での活動、など、多角的な活動を行っていく予定です。
(現メンバー:青山悟、雨宮庸介、佐藤純也、土屋誠一(五十音順))


bijutsuken@yahoo.co.jp
http://bijutsuken.cocolog-nifty.com/blog/


Photo

| トラックバック (0)

シンポジウム「美術・社会・革命」 多謝!

シンポジウム「美術・社会・革命」にご来場くださり、ありがとうございました!

美術館講座室のキャパシティを上回る方々が見守るなか、熱い議論が交わされました。

さて、会場の様子です。

Inu4_1

パネリストの面々です。

Inu4_2

松井茂氏と、美術犬メンバーの青山悟。

先年の1月から、運動体としての活動をスタートした美術犬(I.N.U.)。

今度も様々な仕掛けを画策中ですので、どうぞご注目ください!

| トラックバック (1)

「美術犬(I.N.U.」第四回企画概要

府中市美術館「公開制作48 青山悟 Labour’s Lab」関連企画
「美術犬(I.N.U.)」 第四回企画
シンポジウム「美術・社会・革命
企画概要

■開催趣旨

 美術と社会の関係性に関する議論の中で一度はいまだに挙がるであろう、恐らく最も短絡的でナイーヴかつロマンティックな問いは、次のようなものでしょう。「美術は社会を変えうるか?」、あるいは「美術は革命足りうるか?」。
 現代では一瞬でNOを突きつけられそうなこの問いは、しかし、今日の世界的な金融危機が、現在まで続いているマーケット主導の美術に対する反省を促し、美術本来の存在意義を突きつけている状況だからこそ、一度真剣に議論されるべきではないでしょうか? 歴史を紐解けば、例えば手段として唯美主義が有効だった19世紀後半、ウィリアム・モリスを中心とした社会主義者たちは、資本主義社会を打破するための、そして労働本来の意味と人間性を回復するための革命のヴィジョンとして、アートを援用しています。また、ここ日本でも安保闘争などを背景に、1960年代に「反芸術」という形で社会と結びついていた美術は、今なお、その時代の熱気と共に語り継がれています。
 これらのような運動は、結果的には、革命としては失敗に終わった(ラディカルに社会を変えるに至らなかった)のかもしれません。しかしそのような歴史的事実は、かといって、社会と美術が無関係であることを証明するものではありません。では今日、美術はいかなる方法において、社会と切り結ぶ(不/)可能性を見出すことができるのでしょうか? 多様化や複雑化が進行する現代美術において、それが社会に対する有効性を伴ったプラクティスになり得るかを考察すべく、社会に鋭く対峙する気鋭のアーティストをゲストに招き、「美術」「社会」「革命」をテーマに討議を行います。

■開催要項

「美術犬(I.N.U.)」 第四回企画 シンポジウム「美術・社会・革命
日時:12月27日(日) 13:30-16:30
会場:府中市美術館 講座室
主催:府中市美術館
協力:美術犬(I.N.U.)
パネリスト:卯城竜太(美術家、Chim↑Pom)
       松井茂(詩人)
       青山悟(美術家)
       土屋誠一(美術批評家)
入場料:無料
※本シンポジウムは、府中市美術館における「公開制作48 青山悟 Labour's Lab」の関連企画として開催いたします。

■「美術犬(I.N.U.)」について

 「美術犬(I.N.U.)」は、美術とその言説について考えることを目的とし、作家・批評家らによって結成されたゆるやかな運動体です。この運動体は、固定的なメンバーがイニシアティヴを掌握するのではなく、都度の企画に応じて流動的なメンバー構成で、活動を行っていくものです。これは、対話による合意を生産するのではなく、より多数の人々と討議を交わし、摩擦係数の高い言説空間の出現を目論むためです。
 現代の私たちは、文字通り「犬」的な時空間、すなわち「ドッグイヤー」の激流のただ中に生きています。ではそこで、美術の「犬」は、吠えるのか? 噛み付くのか? 嗅ぎ回るのか? あるいは撫でられるのか? 即座に具体的なアクションを起こさなければなりません。閉塞的な美術についての言説空間を活性化させ、より立体的に美術について考える事を目的に、シンポジウム・講演・対談・インタビュー・ウェブ上での活動、など、多角的な活動を行っていく予定です。
(現メンバー:青山悟、雨宮庸介、佐藤純也、土屋誠一(五十音順))

| トラックバック (0)

シンポジウム「批評」 多謝!

シンポジウム「批評」、おおくの方々がご来場くださりました。

ありがとうございました!

気鋭の美術評論家たちが熱の入った言葉を発し、ただならぬ緊張感が漂うなか、三時間の長丁場があっという間に経過しました。

今回行われた議論をもとに、何らかのかたちで「批評」第二弾を行うかもしれません。

乞うご期待!

さて、会場の様子をお伝えします。

Inu3_1_2

こうやって評論家たちが並んでいる様子は、実は案外レアな光景です。

Inu3_2_2

司会も喋る!

Inu3_3_2

会場後方からの様子。来場者の方々も真剣な面持ちです。

今回行われた討議も、シンポジウム録公開に向けて、現在鋭意編集作業中です!

次なる「美術犬(I.N.U.)」企画は、12月27日(日)開催予定です。

テーマは、「美術・社会・革命」(!)。

当日何が起こるのか、はたまた本当に革命が起こるのか、「犬」メンバーにもわかりませんが(笑)、とにかく何かが起こります!!

企画詳細は、近日中にお知らせします。

ぜひ会場に足をお運びいただき、目撃してください!!!

| トラックバック (0)

「美術犬(I.N.U.)」第三回企画概要

「美術犬(I.N.U.)」 第三回企画
シンポジウム「批評
企画概要

■開催趣旨
 「美術批評」の衰退。このような噂がささやかれ始めたのは、そう最近からのことではありませんが、かといって衰退が解消されたという噂も聞こえてはきません。この衰退とは、現状認識としては妥当な判断であると言えるかもしれません。アカデミズムへの制度的な回収と、インターネット上における「感想」の、その総体としての圧倒的な物量と即時性とのはざまで、旧来的な批評言語が機能不全に陥っているのは事実でしょう。それは、批評言語の下部構造を担っていた「雑誌」という紙メディアの相次ぐ休・廃刊が端的に示すように、非アカデミズム的な高級文化としての(そのあまりにも日本的な)「文芸」一般がもつ訴求力の低下とも、軌を一にするものであると考えられます。また、「批評」がしばしば、マイナー言語である「日本語」を暗に前提にすることによって、言語的グローバリゼーションへと向かう現況に逆行するものであるということも、その理由かもしれません。さらには、批評言語が同時代的なムーブメント(あるいはマーケット)を形成することが成立しづらくなっていることも、無視できないでしょう。そして、そもそも今日、誰が「批評」を読むのか、また、誰に向かって「批評」を投げかけるのか……。
 しかし、「批評」を必要とする声が全くないわけではありません。それどころか、水面下では、美術における「批評」を必要とする声すらも、しばしば聞こえてきます。この現実と期待との落差は何を意味するのでしょうか? 美術とその言説について考える運動体である「美術犬(I.N.U.)」は、広義の「批評」性を、その問題意識としてきましたが、いまこそ「批評」性一般ではなく、「美術批評」そのものを問題にすべき時期が到来していると痛感しています。
 もし仮に、「美術批評」が衰退期にあるならば、今行うべきことは、新たなる批評言語を猛り狂わせることかもしれません。そのためには、複数の批評言語が乱反射するための基底面(フィールド)を、まずは用意すべきだと考えます。シンポジウム「批評」は、美術評論家を称する、あるいは美術評論家としばしば目される、尖鋭的な文筆家たちが一堂に会する場を設定することで、美術とその言説を切り開く、そして、美術批評の新たな可能性を模索するための、闘技場(アリーナ)を創出することを目論むものです。

■開催要項
「美術犬(I.N.U.)」 第三回企画 シンポジウム「批評」
日時:2009年10月24日(土)14:00 〜 17:00
会場:BankART Studio NYK 1F BankART Mini gallery
主催:美術犬(I.N.U.)
協力:BakART 1929
パネリスト:粟田大輔
       沢山遼
       土屋誠一
司会:   雨宮庸介
入場料:500円(予約不要)
アクセス:BankART Studio NYK
〒231-0002横浜市中区海岸通3-9
横浜みなとみらい線「馬車道駅」6出口
赤レンガ倉庫口徒歩約5分

■「美術犬(I.N.U.)」について:
「美術犬(I.N.U.)」は、美術とその言説について考えることを目的とし、作家・批評家らによって結成されたゆるやかな運動体です。この運動体は、固定的なメンバーがイニシアティヴを掌握するのではなく、都度の企画に応じて流動的なメンバー構成で、活動を行っていくものです。これは、対話による合意を生産するのではなく、より多数の人々と討議を交わし、摩擦係数の高い言説空間の出現を目論むためです。
現代の私たちは、文字通り「犬」的な時空間、すなわち「ドッグイヤー」の激流のただ中に生きています。ではそこで、美術の「犬」は、吠えるのか? 噛み付くのか? 嗅ぎ回るのか? あるいは撫でられるのか? 即座に具体的なアクションを起こさなければなりません。閉塞的な美術についての言説空間を活性化させ、より立体的に美術について考える事を目的に、シンポジウム・講演・対談・インタビュー・ウェブ上での活動、など、多角的な活動を行っていく予定です。
(現メンバー:青山悟、雨宮庸介、佐藤純也、土屋誠一(五十音順))

■予告
「美術犬(I.N.U.)」第四回企画「美術・社会・革命」
日時:12月27日(日)
※詳細は追って美術犬(I.N.U.)ウェブサイトにてお知らせいたします

| トラックバック (0)

第一回企画「美術」【記録】

「美術犬(I.N.U.)」 第一回企画 シンポジウム「美術」
青山悟/池田剛介田中功起/雨宮庸介/土屋誠一

土屋 「美術犬」という運動体をごく最近立ちあげました。その企画第一回目としてシンポジウムを催すことにしました。今回の主旨を若干説明しておくと、そもそもの発端としては、作家、評論家、あるいはキュレーターでもいいのですけれども、単なる雑談や飲み会は別として(笑)、美術に関わる人間相互で対話を行う機会がない、ということを危惧してのことです。では、そのための機会を設けよう、ということが、このシンポジウムのきっかけです。このようなシンポジウムを開く際、勿論様々なテーマを立てることはできます。「美術」なんていう大枠過ぎるものではなく、もっと限定的な主題を立てることはできます。しかし、美術をめぐって何らかの限定的なテーマを立てたとしても、何か白々しく感じてしまう。そこではしばしば、与えられたテンプレートを消化するだけで、あたかも何か有益な議論を行ったように錯覚してしまうだけで終わってしまうのではないかと思うからです。しかし、そのように感じてしまうこと自体、単に私たちが迷走していることを証明しているだけなのかも知れません。けれども、本当に迷走しているのだったら、「美術」という最もベタなテーマで対話を行ったほうが、恐らく有益な話ができるのではないかと思ったわけです。
 さて、今ここに座っているパネリストの方々に、それぞれ基調報告をしていただいた後、共同討議に入ります。基調報告などと申すと、形式ばったお堅いイメージがあるかもしれません。しかし、立場の異なる数人で対話を行うということもあり、なによりもこの会が単なるお喋りのみに終始することのないよう、まず対話のための共有できる土台作りとして、各パネリストよりまとまった話をお聞かせいただければと思います。
では、早速その基調報告に入りたいと思います。まず雨宮庸介さんから。

基調報告:雨宮庸介

雨宮 僕は自分の作品の内容に触れながら、それを出発点として今回の「美術」という話にどのように繋がっていくのかを、この基調報告の時間で行えたらと思っています。
僕は立体作品とかインスタレーション、最近はパフォーマンスなどもよくやってます。今流れている映像は、去年の作品を10分程度にまとめた映像です。昨年トーキョーワンダーサイト渋谷で発表した『ムチウチニューロン』という個展を例にしながら、お話させていただければと思います。まず、展覧会を簡単に説明すると、まず会場への入口ですが、部屋の中から見ると、ロッカーから人が出てきたようなつくりになっています。今までの作品もそうなんですけど、空間をつくって、そのなかでモノを配置したり人が動いたりするものが、モニターに鏡映しにされているという状態ですね。それは、過去に起こったことが鏡映しになって、モニターに映ってるっていう感じです。この〈ムチウチニューロン〉という作品の、今まで僕が作ってきたインスタレーションと一番違うところは、僕自身が56日間、朝から晩までずーっとそこにいて、行為をし続けるっていう点です。で、会場で1日8時間何をしていたかというと、ただうろうろしてるような感じで、何か特別なことをしているわけではない。完成された身体やその動きを見せるというよりも、思考している体のかたちをずっと見せ続ける。そんなような行為をしてました。

Amemiya1_3 なんでそんなことをしていたのか、とよく聞かれるのですけど(笑)、それを説明すると、まさに今「現在」の話をしたい、ということです。お客さんと僕の関係っていうのは、当たり前だけど僕もいるしお客さんもいるということです。そこには「現在」があるから、それについてちゃんと扱いたいということで、言ってみれば「現在」という名前のついた同じ船にみんなで乗りこんでく、というようなとこを目指していたんだと思います。タイトルの意味もよく聞かれますが、〈ムチウチニューロン〉っていうのは、「ミラー・ニューロン」っていうニューロンの話をもとにしていたんです。ミラー・ニューロンの話を簡単にすると、イタリアのパルマで、ある研究者チームがサルを使ってニューロンを特定するという実験をしていたんですね。そこで、サルが物を掴んだときに発火するニューロンを発見した。それはとても重要な発見で、そのニューロンを特定できれば、体を操ることさえできる。しかもそのニューロンは、サルだけじゃなくて人にもどうやらいっぱいあるらしい、っていうことが発見されたという話なんですね。しかし最も興味深いのは、その実験が途中で失敗した、ということです。というのも、サルが何もしていないときに、サルが物を掴むそのニューロンが動いたんです。なぜかというと、たまたま研究者が物を掴んだときに、それをただ見ているサルが同じ場所のニューロンを使ったという事実です。ここで最も注目すべき事は、「成すこと」と「見ること」が私達の脳の中では同じ部品を使っているという事柄です。この話自体は、小説家のリチャード・パワーズによる、村上春樹の作品について講演があって[編集部註:リチャード・パワーズ「ハルキ・ムラカミ―広域分散―自己鏡像化―地下世界―ニューロサイエンス流―魂シェアリング・ピクチャーショー」柴田元幸訳(『新潮』2006年5月号所収)のこと]、そこで出てきた話の一節です。パワーズは村上春樹の小説について、「成すこと」と「見ること」の共通性において、「私がどこで始まって、どこで終わって、私たちがどこで始まるか」というような、極めて今日的な問題に言い及んでいると説いています。
僕の作品も、ミラー・ニューロンみたいなものを駆使しながら出来上がっているんじゃないかな、ということが実感としてあって、それでそういうタイトルをつけたというわけです。
 話を戻すと、ではなぜ、「現在」という船に乗っていくのか、あるいは乗せたいのか。「現在」とは実際、時間の中での一つの点でしかないんだけど、それが二つ以上あるってことを作品で指し示せたら、僕のなかでいろいろ整理が付いたり、整合性がでたりする、と思ってこのような、形式としては複雑な作品を試みてみたんですね。
ただ、僕の作品のポイントがどこにあるのかというと、その船を降りたとき、要するに展覧会を見終わって、その後展覧会じゃない状態に戻っていくときで、そこに何かが発生するんじゃないのかなと思います。同じ船に乗っているんだけど、観客は必ず途中で降りる。でも、「現在」っていう名前の船から降ろされたところにも、また別の「現在」みたいなもの――それは「世界」って言い換えてもいいと思うんだけど――そういうものがたくさんあるってことが示せればいいな、と思っています。
 「美術」について言うと、僕自身は美術作品を10年ぐらい発表してきているので、もはや美術とは関係ないとは言えないんだけど、もともと美術をやっているという意識自体はそれほどなくて、すごい美術ファンだったわけでもない。でも、自分が新しいことを考え続けるために作品を作り続けたいとは思っていて、それは言い換えればある種の自由を獲得するためのツールとして、美術を使っているんじゃないかな、と思っています。
自由を獲得するためにどうすればいいかと考えると、不自由のかたち、不自由さの在り処のようなものを表明し、それを読み込みながら発表していくって感じになると思うんだけど。その不自由さは、僕にとって絵画とか彫刻とかインスタレーションとかにはあまり該当しなくて、もちろん「美術」も該当していない。それよりも、「現在」について考えることが、ある種の不自由さと向き合うことになる、という感じがします。「現在」は、感じる人がいるまさにその場やその時間のことだから、個人に属するものだとは思います。さらに言うと「個人」と指したところで僕が興味を持つのは、各々の身体についてです。身体について関心を持つ事は、よく言われるように、ネット社会が盛り上がってきて、IDの喪失とかバイオメトリクスとかについての問題があるけど、その反発なのかもしれません。さっきのミラー・ニューロンの話もジュネーヴの地下で行われている素粒子衝突実験による余剰次元の話も、見えない科学の話や宇宙の果ての話、とかいう遠くの話じゃなくて、自分の身体のすぐそばにかかわるものであるかもしれない、ということが重要なんだと思う。それはまさに「身体」に裏打ちされていることなんじゃないか、と思っています。
ともあれ、「現在」を考えるうえで、「身体」の在り処について話していくこと自体、「美術」について考えるためのヒントになるんじゃないかな、と思います。だから今日は、各々の発話からいろんな接触があって、考えられたらいいかなと思ってますし、そこから何か持ち帰れるものがあれば、僕自身も、聞いてくださっている皆さんも意義があるかな、と思ってます。

土屋 では池田さん、お願いします。

基調報告:池田剛介

池田 そもそも、このBOICE PLANNINGという場所がどういうところなのか、あまりよく分かっていなかったんですけれど、たくさん人が聞きに来られていて、すごいなあと驚いているところです。今日のシンポジウムの話を持ってきていただいた土屋さんとは、わりと以前からの知り合いだし、田中さんも他のところでご一緒したこともあるし、参加してみよう、と。しかし、シンポジウムのテーマが、「美術」だということを聞いて、面白いと思うと同時に不安な感じもしたんですね。というのは、「美術」っていうあまりにも根源的、というかベタ過ぎるテーマを設定しちゃうと、結局それぞれが勝手に、美術に対するイメージみたいなものを喋るだけになって、共有できる場が形成されずに曖昧なイメージだけがぶつかることもなくすれ違っていく。そういうことになりかねない、と。先程、作家や批評家なんかが集って喋る場がない、という話があったけど、とはいえ美術館とかギャラリーや雑誌でもギャラリートークや座談会のようなものが行われてはいるわけで、全然存在しないわけではない。しかしそれが、ある一定レベルの認識の枠組において語られたり、あるいは立場や認識の共通点や差異がクリアになったり、といったように言説が構築されるということがほとんどない。というか、そういう議論の前提となる認識の足場のようなものが、美術においては崩壊しているという感じがするんですね。だから、「美術」という根源的なテーマについて考えるのは、面白いと思うと同時に危険だな、とも思うわけです。
僕自身、美術作家であるわけなんですけど、どういうわけか、レクチャーをしたりテクストを書いたりする機会が相対的に多いんですね。そのときのスタンスとしては、制作していることと、何か議論を構築することは、とりあえず分けて考えたいと思っています。あるいは乖離的に並存しているような感じ。それは、ものを考えたりすることと制作することとが、お互いに足を引っ張り合わないようにするための、ある種の作法としてです。しかし今回は変則的に、折角のこういう場所なので、最初に僕の作品の画像を駆け抜けるようにお見せします。そこから、それらの作品がどういう問題意識のもとでなされているのか、自分なりに考えなおす機会になればとも思います。
(スライド開始)Gp_2006_2_l_3

金魚や葉っぱや蝶々の羽なんかを型取りして、プラスティックの樹脂に色付けして、それぞれを成形した上でかたちを整えていって、平面上に投入していく、という感じです。最近はこういう仕事に連作的に取り組んでいるんですが、こういった仕事がどういう問題意識から為されてるのか、議論を通じて考えてみたいと思っています。
まず、自分のことを振り返ってみて、例えば僕は1999年に京都造形芸術大学に入学したんですけど、その頃のことから。時代的には1989年のベルリンの壁崩壊の10年後、9.11のテロの2年前にあたります。冷戦崩壊以後、例えばアメリカなんかだとバッと移民が流入してくる。それは西洋圏にとっては他者との出会いということになるんだろうけど、美術においてもひとつの大きな転換の契機になっている。そこで、それまである種の主流、オーソドキシーとして機能してきた西洋中心的なモダニズムのようなものが、マルチカルチュラリズム(多文化主義)という名の下にどんどん相対化されてゆくことになるわけです。僕は大学院を出た後、2005年から1年間くらいアメリカに留学していたんですが、そのときの空気と90年代の空気は違うんだろうな、という感じがありました。冷戦崩壊以後の90年代を通じて、マルチカルチュラリズムが端的にそうであるように、性的な、思想的な、あるいは民族的な、あるいはその他のマイノリティを含めそれぞれの価値観を平等に認めてゆきましょうとやってきたわけですけど、9.11で冷や水を浴びせかけられるような感じになり、ふと気づいてみると、隣の奴が何考えてるかよく分からん、といったように、他者への危機感が渦巻いていくことになる。それが最近のセキュリティや情報環境の問題とかに繋がっていたりするわけなんだけど。

21_butterflypicture__1_web_4
ともあれ、1999年頃の話に戻すと、その頃、マルチカルチュラリズムがピークにある時期だったのかなっていう感じがするんですね。90年代以降の問題設定として、それこそ美術みたいな閉域に閉じこもってるんじゃなくて、社会のほうに水平的に開いていかなくちゃいかん、ということが言われてくる。ワークショップとかアートプロジェクトなんかを通じてその地域の住民と関わっていくとか、そういうものがクローズアップされるのは、まさにそういった傾向の反映だと思います。僕自身、大学院生時代を過ごしていた東京藝術大学の先端芸術表現科のような場所は、日本ではそういう役割を担ってきた側面がある。それとは別に、2000年前後に村上隆さんがスーパーフラットということで、世界的に展開していく。2001年には横浜トリエンナーレが始まって、国際展みたいなものも出てくる。大まかには、そんな状況だったわけです。要は、多文化主義もあれば、社会派もある、国際展もあるし、コマーシャリズムもありますよ、と。さらにその後、2000年以降のグローバリゼーションにおいて、コマーシャリズムや国際展が可能になるような前提が拡大していくわけです。
しかし大雑把に言うと、1999年から今年2009年までちょうど10年経って、何かが変わった気もするし、何も変わっていないという感じもする。ただ、一番大きく変わったのは、さっき雨宮さんも言われてましたけど、情報環境ですよね。一方、美術の状況においてはそんなに変わってないっていう感じもするけれど、あまり気付かない形で実は着実に浸透してきているように思える事態として僕が最近考えているのは、コンテクスチュアリズム(文脈主義)の環境化、ということです。1970年代頃までは、「これが美術である」と規定する際、西洋中心主義的な美術史が機能していたわけです。しかし、1989年以降の段階で美術のオーソドキシー自体が解体されていって、すべての価値を平等に認めてゆきましょうっていうことなると、それぞれの作品が、美術であるっていう根拠を各々語らざるを得なくなってくるわけです。例えば、今の美術大学の学生が求められるものとして、プレゼンテーションが必要です、という話になる。作品があって単にそれで終わりじゃなくて、主題とか、こういったコンテクストの中でその作品があるんです、というようなことを説明することが、自明の前提になっていて、このような状況それ自体が、環境化してきているように思います。そうすると、作品そのものよりも、むしろそれをめぐるコンテクストのほうが重要になってくる。そういう事態を、コンテクスチュアリズムの環境化、ということで考えています。
そういえば、去年、2008年の横浜トリエンナーレは評判が悪かったみたいですけど、その評判の悪さのありようこそが問題。批判としてよく聞くのが、オーディオガイドがちゃんとしていないじゃないかとか、キャプションがちゃんとないじゃないかとか、そんな話なわけです。単に作品がいいとか悪いとか、ではない。きちんとコンテクストが説明されてないじゃないか、ということでみんな怒る。しかしそんな批判は、そもそも何か倒錯していると思う。そこでは、作品とはちゃんと説明されていて、理解可能なものでなければならない、理解可能であるはずだ、ということが無意識的に前提とされているわけです。ただそれは、オーソドキシーが撤退していくことの裏返しを意味してもいる。
 ともあれ、そんな時代変遷の見取り図のなかで、作家がどういうふうに作品制作を行っていくことができるのか、あるいは、作品の自律性をかろうじて確保する点はあるのかどうか。そんな話を、後の議論で考えていければと思います。

土屋 青山さん、お願いします。

基調報告:青山悟

青山 僕はサクっと自分の作品の紹介とさせていただきます。今日の面子のなかでは、僕はものを作ることに特化している作家だと思うんですけど。

土屋 いや、そんなことないと思うけど。

61787811b50fe9e43c73l 青山 そうかな? それはともあれ、かれこれ10年くらい、ミシンのみで作品を作ってます。僕のバックグラウンドをすこしお話しすると、1998年にロンドンのゴールドスミスカレッジを卒業しています。そこでは僕は、ファインアートのコースじゃなくてテキスタイルコースでした。テキスタイルコースの内実を言うと、ジェンダースタディーコースみたいな感じだったんですね。もの凄く古いタイプのフェミニストが先生をやってたりとかして、いわば第一世代のフェミニストです。もう今は、そのコースはなくなってしまったんですけど。僕以外に男性は二人いたんだけど、二人とも心は女性でした(笑)。そんな環境が、自分が作品を作るうえでの出発点でした。なんで男でミシンでテキスタイルで、といったように。ともあれ、それからしつこくミシンだけを使って、写実的な作品を作っています。
6a010536337dd6970b01156f7af8d4970_5 僕がロンドンにいた頃、ちょうど大学1年生か2年生ぐらいのとき、「センセーション」展がロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開かれて、デミアン・ハーストとか、YBAがすごく騒がれていた。で、僕たちが卒業する頃には、その次の世代というものが現れてきて、そのときイギリスはちょうどブレア政権で、ニュー・レイバーの時代です。そんな背景もあってか、ちょうど同世代くらいのアーティストたちが、ハーストたちがやっていたようなコンセプチュアリズムの作品から離れて、もうちょっと労働力を駆使して作品を作り始めていました。
Perry_golden_lg_6 (スライドを見て)例えば、このデイヴィッド・ソープっていうアーティストとか。彼なんかが僕と同世代のアーティストです。それから、このグレイソン・ペリーみたいな、明らかにクラフト系の作品がターナー賞を獲ったりする。それで、こういった労働の要素のある作品を、周りの連中も作り始めたわけです。ちょうどブレア政権の指針とかぶっていて、サーチ・ギャラリーで「ニュー・レイバー」っていう展覧会があったのがちょうど2001年だったかな? 作家たちは、そういうバックグラウンドで、作品を作ってました。で、ひとつだけ問題提起をしておくと、今日本でもやたら技術的な作品が増えていると思うんだけど、それらが一体何を拠り所にしてるのか、ちょっと分からない。そういう話もこの後ちょっとできていけたらいいなと思ってます。

基調報告:土屋誠一

土屋 ありがとうございます。さすが時間を読んで、本当にサクっとでした(笑)。
では、私からも基調報告をさせていただきます。私は美術批評家という肩書きを名乗っています。しかし、「美術批評」と聞いて普通に想像するような仕事を、最近はほとんどやってません。いわゆる美術評論家という肩書きを持つ人たちの一般的なイメージは、現代美術の展覧会に足繁く通って、その最新の美術の動向を細かくチェックして、業界の内部にも精通していて、そんな中で作品が良いとか悪いとか、あるいは今日の状況がどうだとか、そういうことを書いたりとかする、というものだと思います。私自身テクストを発表するようになった当初、雑誌の『美術手帖』にギャラリー・レビューというコーナーがかつてあって、若手――何をもって若手なのかはともかく――の展覧会、特に個展の展覧会をとにかく沢山見て回って、その中から毎月3本のレヴューを書く。そういう仕事をやってたんですね。そのときはそういうミッションを与えられたので、半ば義務的に展覧会を見て回っていました。それが確か、今から5年くらい前だったと思います。しかしどういうわけか、展覧会を足繁く見るようなルーティンから、現在はほとんど脱落しています。では、今は何をやっているのかというと、現代美術のシーンに関わるようなテクストではなく、美術史家の仕事と変わらないではないか、と思われるかもしれないようなテクストを書いていることが多い。何でそんなふうになったのかを自己分析すると、展覧会に足繁く通うというルーティンが心底嫌になった、いうことが大きい。
当然のことながら、今この時代に生産されている「現代美術」を見て楽しむためには、先程池田さんがコンテクスチュアリズムっていう言い方しましたけれども、まさにコンテクストを了解していない限り不可能なのは言うまでもないでしょう。今日の現代美術のフィールドで作品をつくるにあたって、恐らくいかなる作家であれ、意識的であろうとなかろうと、コンテクストに依存せざるをえないのが、今の現状だと思います。逆に言うと、コンテクストそのものが、美術業界のなかに所与のものとして暗に共有されているわけです。その暗黙の了解のもとに、ある作品が面白いとかつまらないとか、感動したとか、今日の諸問題に批評を投げかけているとか、そんなふうに語られるわけです。しかし美術業界内でそう語られている一方、今日の情報環境のあり方と、美術というもののあり方とがあまりにも乖離しすぎているのも事実でしょう。その乖離が一体どこにあるのかというと、まず今日の美術がどうしようもなくコンテクスト依存的であるということ、一方では、美術作品というものは、好むと好まざるとに関わらず、ある特定の会期に特定の場所に行って、その空間でそれなりの時間をかけて作品を見ないと理解できない、という点にあると思います。要は、面倒な手続きが非常に多いわけです。先程池田さんが話された内容は、東浩紀という評論家以降の、情報環境をめぐる最近の論壇での議論を受けてのお話だったと思いますけれども、ともあれ、今日の情報環境のあり方と美術とを比較すると、美術というジャンルは、あまりにも「遅すぎる」のではないかと思います。その「遅い」美術に付き合っていくためには、アートワールドにどっぷり浸かる、しかもあえて意識的にそこに浸かることを選択しない限り、美術のコンテクストを巡るゲームを楽しむことができないわけです。では、そのゲームの中に飛び込むため動機付けが一体何によって成されるのかと考えると、それはほとんど無根拠なんですね。しかも、環境によってそのような動機付けを半ば自動的に導くことは、そもそもほぼ不可能である。美術作品を見る動機付けは、かつては美術ジャーナリズムを支える活字メディアがある程度成していたと思います。ともあれ、そんな状況を自覚しているのかしていないのか、それでも生息している美術業界の現状に対して、美術批評家という肩書きを名乗っていながらも、そういう状況を私は半ばアホらしいと思ってしまったわけです。その反動なのか、現代美術はほとんど見ずに、歴史研究みたいな仕事ばかりを行っているというのが、今現在の私の状況です。
けれども、じゃあなんで現代美術のジャーナリズムから脱落している私が、このような会の主催者の一人に関わっているかというと、それを自分でも上手く説明することができません。ただ一つ言えることがあるとするならば、同時代の美術状況における不快感のようなものがそうさせている、とは言えるかもしれません。先程、同時代の美術の展覧会を足繁く観ることはなくなった、という言い方をしましたけれども、しかしごく数人ではあれ、私自身が批評的な関心を持ってその仕事を見続けている作家はゼロではない。そのようごく限定的な同時代の作家に対する私自身の関心と、より大きな広がりとしてのアートワールドという空間のなかでの閉塞的な雰囲気とをひき比べてみると、あまりに居心地が悪過ぎる。では、この不快な状況を少しでもどうにかできないか、ということが、このような会に関わるきっかけでもあります。
こんな言い方をすると、それはお前の実存的な問題だと言われかねませんし(笑)、端的にネガティヴな話に聞こえるかもしれません。しかしながら私は全くネガティヴであるとは思っていません。むしろそれはポジティヴに捉え返すべき問題なのではないかというふうに考えています。
ともあれ、話が長くなってしまいますので、あとは田中さんに引き継ぎます。

基調報告:田中功起

P1020157s_2 田中 (スライドを見ながら)これは犬の写真です。「美術犬」というわけでもないですが、僕も含めて皆さん「犬」だと思うんですよ。地べたを這いつくばって、例えば残飯を漁って生きているようなそういう犬を想像してください。もちろん飼い馴らされた犬もいるわけで、警察の犬もいたり、業界の中で生きている犬もたくさんいると思うんですけど。けれども僕自身は少なくとも業界にいる犬ではなくて、野良犬だと思っています。だからこの「美術犬」のあとに括弧で、「I.N.U.」って書いてある。「美術犬」というと飼い慣らされているように読めたんですが、そう書いて「いぬ」と呼ばせる。野犬を想像させるので、なるほどなって。だから土屋さんも雨宮君も、多分野犬なんだなと。青山さんもね。池田君はちょっと分かんないけど(笑)。

土屋 それどういう意味よ(笑)?

Dog_talks_2 田中 まあそれは追々。だから野犬の視点で、僕は噛みつくべきだなと思っています。[編集部註:開催趣旨の文章に田中氏が赤字やアンダーラインを加えたプリントを投影したものを見ながら]これは今日のシンポジウムの開催主旨です。開催主旨を読んだときに思ったのは、犬のわりにはちょっと変だと。犬ってことは、噛み付くわけですよね。お前ら間違っているぞ、と。だけど、一方では、そう言っているお前はどうなんだって、「美術犬」こそなにか勘違いしていないかって。なのでここにいるパネリストたちが共有する場所みたいなものを、まず最初にある程度はっきりしたほうがいいと思ったんですね。まずはそこを探りたい。なのでこの開催趣旨が意味している、あるいは対象としている仮想敵のようなものはなんのかってことについて考えてみたい。いま土屋さんの話によると、「違和感」がある、と言った。あれ? 「違和感」じゃなかったっけ?

土屋 「不快感」。要は、なんかムカつくって言った(笑)。

田中 なんかムカつくわけですよね。まあそれはよく分かる。確かになんかムカつきますよ。もしかすると僕もそのムカつかれる側にいる可能性もあるんですけれども(笑)。ともあれ、正確に現状を把握してそれを批判するっていうのは、もっともなことだとは思う。僕もそれはやるべきだと思うし、会場にはアーティストの方も結構いるし、編集者の方や美術館の方もいたりとか、結構幅広く来ているので、現状認識をはっきりしたうえで、物事を明るみに出していったほうがいいと思うわけですね。ただ一番気になったのは、土屋さんはそうじゃないと言うけど、どうもネガティヴなんですね、ものすごく(笑)。で、開催趣旨なんですが、まず冒頭に「美術とは何でしょうか」と書いてあるけど、これはまずアーティストにとっては愚問なんですね。批評家である土屋さんは問うべきことかもしれないけど、雨宮君にしても、青山さんにしても僕にしても池田君にしても、アーティストなんだから、自分で美術とはなにかって定義ができてなくて、あるいは基準がなくて作っているとしたら、その人が作っているものは美術じゃない、あるいはそれを作品とはそもそも呼べない。僕らは最低限自分のなかで、なにかしらの定義をしたうえで作品を作っているわけだから、まずそれをはっきりさせたらいいのかもしれない。その辺を僕は聞きたいと思ってます。例えば、雨宮君にとってアウトサイダー・アートは作品なのかどうか、とか。そうした基準のことを後で聞きたい。
つづいて開催趣旨には、「エスニシティー、ネーション、ジェンダーのような社会的諸制度に関する条件が、美術作品の制作・読解双方において、重要なものとして話題の俎上に上げられます。」と書いてある。僕は「一体どこで重要なものとして話題に上げられているんだろう、それ?」、って思ったんです。このようにして書かれていく開催趣旨が対象としてる、そしてむかついている現場、対象はいったいどこなのだろうか、という疑問です。
日本のなかでは、「エスニシティー、ネーション、ジェンダー」といった、さっき言われていたようなコンテクストをもとにしたような作品はみあたらない、とあえて言っておきます。それらは少なくとも主流ではないし、それが美術犬の問題としている対象としているとも思えないので。
例えば国内に目を向け、仮に同世代の主流と見なされる表現を見てみると、名和晃平さんに代表される最近の日本のアーティストたちは、コンテクスチュアリズムについては意識した上で作品化しているかもしれない。つまり自分の作品がどういう価値基準の上で評価されるのだろうかということは意識しているという意味において。でも、エスニシティーはまず気にしてないですよね。ネーションもジェンダーも気にしていないでしょう。つまり見渡したときにどこにそういう作品があるんだろうと。まあ、これは誘い水でもありますが。
おそらく開催趣旨のこの部分は、世界のアートワールドに目を向けた上での、グローバリズム時代のアートの閉塞感を問題にしているんだと思うんですけど。じゃあ「誰が実際に言っているんだ、そんなこと」と問うたとき、それは欧米での議論を指しているんでしょうか。アートワールドと言ったときに、いまだにどうしても日本との距離を感じてしまいます。まあ、でもたしかに欧米の議論ではよく聞くフレーズです。エスニシティー、ネーション、グローバリズム、マルチカルチュラリズム……。そういうことはいっぱい聞くけど、じゃあこの開催趣旨を書いている美術犬のあなたは誰とそういう話をしたの?って。そういうことが問題なんだって言うからには、自分がバリバリ英語で論文書いて、バリバリ海外の展覧会に出て、バリバリ向こうのやつらと「おメエ、なんか間違ってんぞ」みたいなことを議論して(笑)、ということならば、それはわかります。つまりそれはそのひとにとって地続きの問題なんでしょうから。そうじゃないとしたらそれはどこかから借りてきたような言葉でしかない。そういう僕だって、全然入り込めていないし、できてはいない。僕自身、英語がそんなにできるわけではないし、『アートフォーラム』なんて1ページも読む気しないし、向こうで語られている議論を自分の血肉にしてそれをベースにしようとも思っていない。ともあれ、僕が想像するに、これは誰かさんの筆が滑っちゃったんだろうと(笑)。

土屋 って、私の顔を見ながら言うなよ(笑)。別に隠すことでもないので言うと、確かにこの開催趣旨の文章は私が書きました。

田中 そういうわけで、土屋さんがこれを書いたんですけど(笑)、土屋さんだけじゃなくて、雨宮君にせよ向こうにいる佐藤純也さんにせよ、僕は「美術犬」の人たちに向かって言ってるんですけれども、このような話はそもそも本当に日本にいて議論されていると前提できることなのかどうか。それを前提としたうえで、それらを仮想敵とすべきなのかどうか。僕)はその感覚がずれているように思ったのです。
で、もう一度国内に目を向けて、きっとそういう話も日本のどこかでされているだろうと考えたんだけど、四谷[編集部註:「近畿大学 国際人文科学研究所東京コミュニティカレッジ 四谷アート・ステュディウム」のこと]あたりが思い当たりますね(笑)。四谷に、岡崎さんっていう人がいます。あそこらへんに集まっている人たちが、自分たちが作った用語や訳した用語を使って、自分たちが見てる風景を、あたかも大きな問題であるかのように語っています。そこでは確かに「クリティカルな話」がされているらしい。その閉じている雰囲気は確かにムカつくので、僕もそれは分かる。だから、開催趣旨が四谷を仮想敵としているのならば、ここに書いてある「「美術」がいかにも旧弊な閉域へと陥っている」という批判も分かる(笑)。でもその反面、それを前提としている時点で自分も陥っているんじゃないか? それではあまりにも狭い範囲での、いわば近親憎悪みたいに思えてくる。もちろん四谷なんてことを知っている僕もまた、あっ俺もそこに陥ってんなって思ってしまうんですが。
さらに読んでいくと、「閉域において空転している」と書いてある。まあ、僕のこの話も空転しているわけなので、自分もその同じ土台に乗って、もしかすると業界のなかで飼い馴らされた犬になっているんじゃないかな、よくないなとか思いつつ最後のほうまで読んでいくと、「「美術」はいかなる意義があるのか」と書いてある(笑)。いや、意義がなかったら作ってないから(笑)。意義は確かにあるんですよ。ただ、じゃあそれはなんだろうって。そこをきちんとお互いに言うべきだと思うんですよ。最初はつっこみをいれたけど、すごくいい問いだなぁ、と。それから、「そもそも「美術」などは今日必要とされていないのであろうか」と書いてあるけど、これは言い換えると「必要ない」と反語的に言いたいんでしょうね。ただ、必要じゃないと思っている人は、作品をわざわざ作ってないわけです。だから、そもそも問いの立て方自体が間違っていると思ったんですが、一方でそれを問いかけることは重要だとも思うんです。必要じゃないのに無理して必要だと思って続けている人もいるはずなので、「あっ俺には必要じゃなかったんだ」と思って、解放される人も出てくるはずなんですよ(笑)。だからこれは言うべきだな、と。
ともあれ、開催趣旨の問題にしている対象についての疑問はこれくらいにして、次の写真にいってほしいんですけど。またこれも犬です(笑)。全然うけてないな(笑)。まあ、それはいいとして、僕は、このシンポジウムが前提にしていると思われることを明らかにして、でもそこで語られているように現状をネガティヴに捉えるのではなく、ポジティヴに開いていくべきだと思ったのですが、どうなんですか?土屋さん。

共同討議1

土屋 これは「美術犬」としてのステイトメントなので、必ずしも私だけの意見として集約できるものではないんだけど、実際には確かに私が書いたものです。さっきの田中さんの問いに答えるとして、すごいつまらない回答をあえてすると、まず、エスニシティー、ネーション、ジェンダーなどの社会的諸用件云々というくだりは、これは単なるテンプレです(笑)。実際、「美術とポスコロ」とか「美術と社会学」とか、そういうことを考えている人は沢山いるわけです。それから真面目に答えるけど、さっき世界でなきゃわからないって言っていたけど、日本にいたって単なる情報だけじゃなくて、実感としてもわかることだと思うよ。

田中 例えば?

土屋 ジェンダーについては、女性や同性愛者が事実いまだに抑圧の対象になっているわけだから。エスニシティーについてだって、「日本」って言い方をすると単一民族的に聞こえるかもしれないけど、実際は全然そうじゃない。

田中 いやいや、美術との関係でないのならば、そういうことは実感としてわかるし、もちろん議論はされるべきだし、ありますよね。でも、美術との関係ということになると、そうした問題を扱った作品って例えばなんですか? 社会に開かれているようなテーマを扱っていながら実は閉じてるじゃん、って批判したいためだけに使っているフレーズなんじゃないのって思ったんです。言葉尻をどうこう言っているわけじゃないけど。たとえばジェンダーを主題にしている作家は日本にも確かにいるけど、ほとんどが、男性が女装していたらジェンダー、みたいな程度の話じゃないですか。そういう意味では確かに空転してると思うけど、僕が聞きたいのはこの開催趣旨においては具体的なアーティストや作品などの対象があったのかっていうこと。土屋さんはテンプレっていうけど。

土屋 美術系の文化研究をしている研究者なんかは、こういう事を実際言うわけです。作家もいるけど、具体的に名前を言ってもつまらないからやめておきましょう。他にも問いがあったよね?

田中 僕が言いたかったのは、問題にすべきはそういうクリティカルなタームを並べてわかったようなわからないような議論に今回の場をするべきではないだろ、ということです。なおかつ、四谷が仮想敵でもないだろと(笑)。

池田 さっきから四谷四谷って言ってるけど、そのコンテクストは観客の皆さんには分からないかも(笑)。

田中 そこに四谷的なるものを読み取った僕も同じ穴の狢ってことでしょうね。土屋さんの説明だと、要するにどことか、誰とか、例えば日本に限った狭い議論ことではないんだ、というわけですよね。じゃあ、その前提の上で、「美術とはなんでしょうか?」っていう問いを立てたその心は何ですか?

土屋 田中さんの答えにはならないけど、さっき「「美術」とは何か?」というところで、アーティストはそれを考えて作ってるんだからそれは愚問だっておっしゃってましたよね。「いかなる意義があるのか?」これも当たり前で、意義があるから作っているんだと。でもそもそもアーティストであること自体、自明なことなの?

田中 いや、自明じゃないですよ。「美術とは何か」って基準をどの程度はっきり自分の中に持っているか、そして、そういうアーティストがどれほどいるのか?って思ったから、今回は良い機会だと思ったんです。そこで、僕を含めてアーティストが実際ここに座っているわけじゃないですか。土屋さんも聞きたいんじゃないかな。アーティストが本当に基準を持って自分の作っている作品を「美術」として位置づけているのか? 雨宮君は位置づけてないって言ってたけど。

土屋 田中さんはどうですか?

田中 僕は位置づけてます。あくまで美術のコンテクストをベースにした上で、作れるものを作ろうとしています。だけど、それが必ずしも美術のコンテクストの中だけに陥るものじゃないとも思っているんです。美術のコンテクストをベースにしても開かれたものになると思うんです。

土屋 その辺が一番争点になると思うし、それは田中さんだけの話ではない。今、「美術のコンテクストを踏まえながら」って言ってたけど、そこで言う「美術」って自明なの? 「美術」って、一義的に言えないんじゃないの?

田中 いや、一義的に作家は言わなきゃいけない。

土屋 「一義的に言わなきゃいけない」って田中功起が言っているところの「美術」って何?っていうことを聞きたい。

田中 まず僕は、アウトサイダー・アートって、アートじゃないって思うんです。あくまで僕にとってはってことですよ。なぜかというと、まずそれは意識的なものじゃないからです。本人たちがだれかに対して見せようとする意識が無いものは、僕はアートじゃないと思う。ただ、いちおう誤解をさけるために断っておきますが、アウトサイダー・アートからも僕は影響を受けるし、面白いものを作っている人は沢山いるし、受け取るものは確かにたくさんありますよ。面白い、つまらないの基準ではなく、ここでは僕個人にとってのアートの基準、定義の話をしてます。また、僕はいまのところ少なくともアウトサイダーではない。だからそこでアウトサイダー・アートがアートである、って決めたら僕がアウトサイダーにならなきゃいけない。でも無理ですよね。意識してアウトサイダーにはなれません。仮に自分がそうなったとして、僕はなにかをするかもしれないけど、それはもはやいまの僕がもっている基準とはまったく別物であって、僕自身もそのときはいまと違うから、そのときそれを「アート」と呼んでも、いま僕がそう呼んでいるものとはまったく違うものです。
僕にとっての美術が意識的なものであるというとき、そこで最低限必要になるのは意識的に紡がれてきたいままでの作品の歴史です。僕が「美術のコンテクスト」って言ったときに該当するものはつまり美術史です。でもそれは単なる教科書的な歴史を指しているんじゃなくて、自分なりに見たり、判断していく中で見出していく「僕にとっての美術史」のことです。もちろん教科書的な美術史にかぎっても、美術史をなんにも知らなくて、なんの影響も受けずに自由に制作できたらいいけど、アウトサイダーと呼ばれる人たちでさえ、なにかしらの影響を受けるわけで、なにも知らないで自由に制作というのは頭のなかでだけの、理念的なアウトサイダー・アーティストですよね。つまりだれであっても、なんにも知らないなんて不可能で、知ってしまうわけじゃないですか。例えば、美術館にモネの絵があったら見てしまう。見てしまった。だから僕が考える美術というのは、僕にとっての美術でしかありません。自分がアウトサイダーではなかったとか、すでに美大を出て美術史を知ってしまっただとか、そういう自分をとりまく起きてしまったこと否定せずに、それを前提にしないかぎり、作品は作れない。もちろんときにはそれを壊して否定することで進むこともありえるだろうけど、まずは自分が置かれている状況から立ち上げていくことが真っ先に重要です。そこから導き出した美術史を背景として、そのひとの「美術」が定義されていく。この前提はまだまだ広すぎるかもしれないけど。
ところでさっき雨宮君は、美術じゃなくても良いって言っていたよね? でもギャラリーでやっている。

雨宮 「美術」ってことは今でも考えるし、今までもたくさん考えたし、美大も卒業しちゃって、勤めたことすらあるから、言ってみれば僕も「美術」ど真ん中かもしれない。功起君は、「美術」が無いと作れないって言ったけど、でも「美術」は無くても作れるんだよ。

田中 無くても作れるってどういうこと? ギャラリーや美術館が無くてもってこと?

雨宮 「美術犬」の開催趣旨にはいろいろ書いてあるけど、僕としてはシンプルに「美術」とは何でしょう?」ってことが結果として各自において問う機会になればよいと思ってのこと。勿論、ギャラリーとは何でしょう?展覧会とは何でしょう?って順に言っていけば、作品を作って発表する為の必要要件は数え切れないぐらい沢山ある。でも、僕にとっては「美術」ってのが必要要件にならないのが不思議で、翻ってそれが僕にとっての「「美術」とは何でしょう?」なんだよね。

田中 じゃあ、何が必要なの?

雨宮 「展覧会があるっていう事実」かな。

田中 じゃあ、展覧会に対してなにかアプローチするっていうことなのかな? 展覧会が無いと「美術」をやらない?

雨宮 ここではなるべく極端に言った方が良いと思うのであえて言うけど「やらない」。極端な話にすると無人島議論になるけどね(笑)。

田中 面白い(笑)。無人島に行ったときに作品を作るかどうかって事だよね? それは僕にとってはさきほどのアウトサイダーの話とも通じてくる。意識的であることとの関係でいえば、僕も「やらない」。

雨宮 だから、極端に言っていくとそういう話になる気がするんだよね。

田中 池田君はどう?

池田 なんかちょっと議論が空転している気がして、もう少し後半に向けて足下を固めておきたいんだけど。

田中 いや、まず答えて欲しいんですが。展覧会が無かったら作品は作らない?

池田 そんな問いはどうでもいい。

田中 じゃあ悟さんは?

青山 いや、僕は作りますよ。でもそれがアートって呼び名ではないかもしれないけど。僕の作品は完璧に刺繍って言い切っちゃってるじゃないですか。

田中 でも実際の刺繍と比べたら違うでしょう?

青山 それの何が違うのか?って考えるんだよね。一言で工芸って言われたり、違う分野って言われたり、でも作るってことについてはアートって概念があろうがなかろうがあんまり関係ない。だから、僕は無人島に行ってもミシンさえあれば作れる。無人島には多分ミシンは無いだろうから、作らないかもしれないけど(笑)。

田中 ミシンが木になるミシン島だったら作れる(笑)。

青山 ただ、それとは別に、工芸に見られても良いか?って言ったらそれはまた別なんだけど。そこら辺に関してはブレたりもするんだよね。さっき功起君が「美術」ってものは一人一人基準があるはずだって言ったけど、その基準ってブレちゃいけないもんなんだろうか?

田中 個人の基準はその都度の経験も影響をあたえていくだろうから、多少はブレてるもんなんだろうけど、そのブレを確認できてるかどうか、ってことがポイントだと思う。

青山 それは多分できてると思う。僕はめちゃくちゃブレてるけどね。

田中 「美術」じゃなくて「刺繍」になっちゃったりとか?

青山 いや、そうじゃなくて、メンタリティー的に。僕はそもそもコンセプチュアル・アーティストでは無いので、なにかこういうモノを表現したくてミシンと出会った、というわけではなくて、半ば強制的にミシンに出会わさせられたわけです。最初に作品ありきで、そのあとに作品の意味ってなんだろうってことを考えたから、のちにコンセプチュアルな風体を帯びてくるわけだけど、ただ言っておきたいのは、今日のパネリストのアーティストの中では、僕が一番コンセプチュアルなものから遠くはなれた場所に居ると思うな。

池田 雨宮さんに聞きたいんですが、先ほど「美術」じゃなくても良い、「展覧会」があったらやるだろう、という風に言われましたよね。あるいは青山さんの言われたことに繋がりますが、自分がやっている行為の何をもって「美術」と考えるのか、その確固とした基準を立てられるのか、と。現状では、先ほど言ったように作品が美術であるっていうことが、そのコンテクストやプレゼンテーションにおいて確保される傾向が強くなっているように僕は思っていて、その場合、作品の自律性を確保することが極めて難しくなってくると思うんです。単に作品がそこにモノとしてあって、それが作品でしかあり得ない、「美術」でしかありえない、って状況が成立しづらくなってきている。その前提には、先ほど言ったオーソドキシーというか、モダニズムというものが撤退していったという状況があるだろう、と。つまり、少なくとも近代では、美術史を批判的に継承していくモダニズムであれ、あるいはそれの転覆を企てるアヴァンギャルドであれ、いずれにせよ何らかの形で主流としての歴史にコミットメントするところで、あるものが「美術」であると言えたと思うんですよね。
でも、おおよそ1989年以降、そういった前提が崩壊したため、自分が「美術」をやっている、という確信が持ちにくくなっている状況だと思うんです。なので、あるものが「美術」である根拠を作品個別の文脈なり機能なりメッセージ性なりによって語るしかなくなってくる。そういった状況をコンテクスチュアリズムの環境化と仮に考えるとして、そういった中で、モダニズム的な、「美術」ってジャンルを徹底して先鋭化していきアップデートしていく方法が弱体化していくのだけれど、田中さんが言われた自己批評性っていうか自己認識性っていうのは、まさにある種のモダニズム系の議論の延長線上にあると思います。
しかし、今、美術に関わっていく上で、そういうモダニスティックな前提というか美術史を踏まえてものを作らなくちゃいけないというような認識は、ほぼ崩壊しているのではないかと思うんです。僕はそういう美術史なんかをもとにすることが「美術」の条件になるとも思わない。それをあまりにも強調することは、むしろコンテクスチュアリズムに対するモダニストの反動的な抵抗だと思う。いわば多文化主義者に対しての、反動としての原理主義者のような構図にもなりかねないのかな、と。その辺を土屋さんにお聞きしたいと思います。

雨宮 ねぇ、俺に聞きたいって言うからずっと待ってたんだけど(怒笑)。

土屋 まぁまぁ(笑)。先日、池田さんのブログを覗いたところ、このシンポジウムに向けて血のにじむような考察が書かれている(笑)。主催者冥利に尽きます。実際、そこでお書きになっていたことは結構興味深い考察だったんですけど、池田さんのブログでのエントリの内容を踏まえつつ、そこから私なりに考えてみたことを言ってみます。まず、コンテクスチュアリズムとモダニズムの対立の話になると、決まって、自己言及的かつ自己参照的なモダニズムが意義を失い、マルチカルチュラルな状況に拡散していった、という話になるわけだけど、そんなことは無いと思う。現在の状況を、広義のマルチカルチュラルな状況だという風に捉えると、いわゆるモダニスティックな言説は、単にイデオロギーとしての機能を果たさなくなっているだけであって、それは相対的に「使える」リソースとして残っているわけですよね。これは池田さんから後で話が出ると思うんですが、ちょっと先取りして言っちゃうと、池田さんの状況分析によると、モダニズムはイデオロギーとして機能していたんだけど、ポストモダンの状況下においては、それすらも単なる「タグ」、フラットな複数の選択可能性の中から任意に選びましたよ、という話になる。例えば池田さんなら四谷っていうタグがついてるとか(笑)、青山さんはミシンってタグとか、田中さんはネタ系とか、雨宮さんならパフォーマンスとか、タグがそれぞれついています、みたいな感じで。そんな状況下では、それぞれが「美術」をやっているという意識がないと、作品は作ってられないでしょう。ただ問題なのは、各自がどんなタグで美術をやってるのか、それを話せば済むと言うことでもなかろう、ということでしょう。
先程田中さんは、「美術」の根拠を各自がどこに置いているかということを聞こうとしてたけど、それを聞けばそれぞれの違った意見があって面白かったね、という話にはなるかもしれない。でもそれは、面白かったね、ということ以上の話に繋がるのだろうか。まさにその繋がらなさ加減が、状況を見づらくしている、っていう感覚が僕にはあります。「美術とは何でしょう」と100人に聞いたら、恐らく100人が違うこと(=タグ)を答えるでしょう。でも、一人の作家には一つのタグしかついていないわけではなくて、いろんなタグがついている。たまたま、こいつとこいつのタグが繋がっています、ということはあり得る。例えば、田中さんと池田君は傍から見ると仲悪そうだけど(笑)、履歴のデータを遡れば「藤枝晃雄」っていうタグで繋がるじゃん、みたいな(笑)。そんな風にたまたまリンクが貼られることはあるかもしれない。でもそれが、まとまった動きには全然繋がっていかないし、仮に繋がったとしても、たまたま偶然のことでしかないことが問題だと思う。

田中 僕はむしろそれを良い状況だと思っています。何故かと言えば、もう徒党を組む必要はないから。共通の認識を持っていると誤解している人間たちが、例えば「THE ECHO」展みたいな形で徒党を組んで意味不明なフェイクのムーブメントをねつ造する必要はもうないわけです。僕はさっき主流とか代表って言い方したけど、実際はなにが主流でなにが代表なのか、あるいは、ある世代とか傾向とかを切り取ることは、もはや無理ですよね。土屋さんが言ったのと同じような意味で100人100様になっちゃっているんだから。でも、かつてだったらあるグループを引き連れて行くはずだった個人が、一人にもかかわらず100のタグをつけてちゃんと自立していったら、それはすごい状況になるんじゃないかな。ひとりでありながら100通りのだれかであり、そういうひとたちがそれぞれの場所で活動をはじめる。それがたまたまタグででもなんでもいいけど繋がっていく。そういう状況が、今まさに来ているんじゃないかと思う。だからそれぞれの人たちの会話が全く成り立たなくてもいいから、成り立たない会話を諦めずにして、そのうえ作品つくりゃいいじゃん(笑)みたいな部分があって、書く人は書く人で書ける場所がなかなかない状況にあるかもしれないけど、メディアがないならつくりゃいいじゃん、「美術犬」みたいに、って思う。これだけの人数が相模原にくるってすごいじゃん。そこを褒めてもしょうがないんだけど(笑)。「THE ECHO」展だって、僕から見ればわざわざ同世代でまとまる必要は無いとは思うんだけど、それをやることによって、ある程度の人たちがそこに注目しかけつけて、シンポジウムとかを企画して議論が成り立つきっかけを作ったわけだし。

青山 だけどね、美術犬の開催趣旨にかいてあるように、今日の美術が必要かどうかって議論になった時に、これだけ集まってすごいじゃない、って言ったって、100人ぐらい?

田中 まあそれはしかたないと思う。現代美術の人口って、基本的に日本で2000人ぐらいだろうから。

青山 「THE ECHO」展は2000人ぐらい入って、ステイトメントは僕が書いたわけではないけれど、これによってものすごく社会が変わりますみたいなそういうナイーヴなニュアンスもある。でも、功起君の認識だとすごく割り切っているよね。

田中 割り切っているけど、まずは現状を受け入れるしかないでしょう。だったらみんな何をしたいんですか? ポピュラリティをもとめて一億人美術に呼び込んだからって何か変わるかなあ?

池田 土屋さんがタグってことを言っていたんだけど、補足すると、ニコ動とかYouTubeとかを思い出してもらえれば良いんですけど、「踊ってみた」とか「才能の無駄遣い」とか「おっさんホイホイ」とか(笑)出てますよね。それぞれのデータ(作品)に対して、データに関するデータ、つまりメタデータとしてのタグがくっついていて、それぞれの作品が様々なタグを通じて作品どうしのネットワークを形成してゆくというような構造になっている。少なくともネット空間では、そういうタグが情報環境の整備によって目に見えるようになってくる。本当かどうか知らないけど、土屋さんの話に従うならば、表面上は僕と田中さんは仲悪そうだけど(笑)僕には四谷ってタグがついていて、田中さんにもどうやらついていて、そういう感じでリンクができているらしい。ネット空間の話をそのままリアル空間の活動にアプライすることが適切かどうかはさておき、ウェブを通じて国境なんかも越えたコミュニケーションのためのコストは格段に落ちていくなかで、それぞれがばらばらに活動しながら、さまざまなタグ、つまり断片的な関心事を通じたネットワークの形成をイメージすることは可能でしょう。それこそ田中さんが言うように、徒党を組まなくてもハイパーリンク的な繋がりの中で小さな運動をその都度立ち上げたりできるようになっている。

田中 いや、連帯するみたいな意味ではなくて、一人一人の個人が自立するってことだから。近代的な主体を持った人間、という。

土屋 なんか、宮台真司みたいだよ。近代的な主体を仮構すべきだ、みたいな。

田中 僕は基本的にはモダニストなんです。だってモダニストじゃなかったら人間じゃ無いじゃないですか。最初に「犬」とは言ったけど、あくまで人間だから。理想的な何かにむかって向上していかなかったら、人間じゃないってことじゃないですか。ポストモダンっていうのは野蛮人になるってことですよね。でも、みなさん野蛮人じゃ無いですよね。

土屋 それはちょっと単純すぎるよ。

池田 こういう状況で、近代人であるとか、美術史をやっていなければいけないとかを強調するのは、あまりに反動的だし、原理主義的に聞こえちゃう。なんか最近の若い人が勉強してない、とかいう人って多いけど、そんなこともない。最近はこうやってシンポジウムとか勉強会とかやっても、すごくたくさん若い人が来るようになっている。美術を学ぶということに対する、一昔前にあったような変なシニシズムやアイロニーは無くなってきています。もちろん、オタク系の人はシニカルだけれど、彼らは彼らで猛勉強しています(笑)。ともあれ、ネット環境が出てきたことによってサブカルであれ美術であれ文芸であれ、それらがそれぞれの小さな島宇宙に閉じこもって活動しているに過ぎないことが顕在化されたわけで、若い人ほどそういう状況を感覚的に理解しています。そんなことにも気付かずに、自分たちがやっていることがスゲーとか思っているやつは単に能天気なバカでしょう。

土屋 議論が白熱してきたところですが、いや、ひょっとすると熱くなっているのはパネリストだけで、聞きにいらした皆さんは生温かく見守ってくださっているだけかもしれません(笑)。一度クールダウンをかねて、休憩としたいと思います。

共同討議2

土屋 では、後半を始めたいと思います。後半は雨宮さんから始めていただきます。

雨宮 前半の最後にいろいろ迷走した感があったし、それも悪くないと思っているのだけれど、最後の方で話題になったモダニズム云々の話は、今回「美術」を語る上ではあまり有効では無いと思います。なぜなら、各々個人的なレベルで言えば、誰もが進歩史観的な部分が無いはずがないと思うので。だから、「美術」という大きい話と個人レベルの話を分けた方が良いと思う。で、僕が最初に「現在」とか「身体」っていうことを話題にしたのは、モダニズムから続く美術史に、美術作家がアプライするかどうかってことへの興味さえ失ってさえも、全然やっていける状態になってしまっているのが現状だと思うからです。そうすると、世界的に状況が変わってきたという「美術」のことよりも、1000年前から人の目の間の幅や歯の本数がさほど変わっていないことの方がまだ信じられるかもしれない。だからますます「美術」ってものやその周辺に興味を持たなくても良くなってきてしまっている状況がある。

青山 僕はそれも文脈の一つだと思っている。俗っぽく聞こえるかもしれないけど、それすらもトレンディな話に聞こえてしまう。広義のコンセプチュアル・アートっていうのは、ここ何年間、アートっていう概念の破壊ゲームをやっていたのだと思う。ある意味作品としてはあり得ない、マラソンランナーが単に走っていたり、排泄していたりと、普通に考えると成立しないようなものが、平気で美術館なんかで展示されていたりする。無価値であればあるほど美術の価値が高くなっていく、そういった矛盾したような表現のエクストリームさから言うと、末期のような状態だと思う。

雨宮 それはそうだと思う。でも、反動としてやっていることと、そこに価値を見いださないことというのは態度として大きく違うと思う。

田中 僕も雨宮さんの意見を肯定的にとらえようかな。青山さんが言った、テート・ブリテンでのマーティン・クリードのマラソンランナーが走っている作品を僕は実際に見たんだけど、美術館の中を人がいきなり走ってきて確かに一瞬びっくりする。もちろん、彼の中にそれを美術のコンテキストのなかで新種のコンセプチュアル・アートとして見せる戦略はあると思う。でもそれと同時に、体験的なものを見せるという、体験や経験を美術館の中に持ち込むということでもあると思う。実際、ロンドンでは結構街中っていうか、川の辺りをランナーが走っているわけです。この作品を見たあとでは、「あのランナー、美術館に入っていくんじゃないか?」っていう不思議な感覚になったりする。僕が一緒に行った友人なんかは、「外を走っている人がいきなり入ってきたら面白いよね」と言ったりする。で、本当に入ってきてしまったら、より体験的になっていくと思うけど。しかしいま「身体」ってことは、ちょっと流行なんだよね。この作品もそれには意識的だと思うし。ただ、流行ってくくってしまうと見えにくくなってしまう側面もあると思う。体験的なことは、僕も興味があるところです。

青山 功起君の作品はそういった体験的なものを扱っていますよね。

田中 そうですね、僕も体験や経験を導き出す出来事っていうのにはひっかかりますね。

青山 僕は雨宮君の作品はお世辞抜きで好きだったので、去年一年ずっと観ていたんだけど、戦略的に体験的なものを持ち込んでいるマーティン・クリードみたいな作品とは全然違う。先程自分でも言っていたように、無自覚にその辺を扱っていることが僕の考えている今のアートのトレンドとリンクしているような気がして目が離せない。

雨宮 それって否定的な意味で言ってるの(笑)?

青山 いやいや、全然肯定的な意味で。

雨宮 だって「トレンド」とか「無自覚」って、否定的な意味じゃん。

青山 あれ? でも自分で「無自覚だ」って言っていなかったっけ?

雨宮 なんかおじいさん同士の会話みたいになっちゃっているけど(笑)。えーっと、「無自覚だ」って言ったんじゃなくて、「無自覚であることが平気」って言ったんじゃないかな。

青山 そうか。僕は作家として作品に自覚的である必要があるかどうかは解らなくて、雨宮君の作品を観るたびに思うことは、ちゃんとした評論があれば本当に良いなって思っているんですよ。

雨宮 そうだね。僕も思う。ただ、僕個人としては、そこでできあがってくる評論みたいなものが無くても作っていけるという感じでやっているつもり。必要じゃないんだよね。

土屋 なんか作家の決意表明みたいになってきたんで(笑)、話をもとに戻すけど、作家の個人的な決意表明でいいなら、なんでこの会やってんの?ってことになっちゃうと思うけど。

雨宮 でも、僕の言っていることは決意表明でもあるけど(笑)、今日話されている「美術」そのものにも関係することだと思うんだよね。単に「要らない」だけだったら「無くなっちゃえば良いじゃん」って言うと思う。

田中 それは作品が?

雨宮 いや、違う。さっきの話だと、「美術」が無くても「評論」があればいいでしょ、っていう話の流れっぽく聞こえたから。じゃあ、評論が常にある、っていう状態ならどう変わっていくのか? 僕は、ソースとして僕が向き合うことに関しての「美術」ってものに期待していないのと同様に、「評論」ってものにも期待していない。となりに評論家の土屋君がいるからわざと挑発的に言っているんだけど。

池田 そのことと、「作家としての自覚性」って話はどのように繋がっていくんでしょうか? 「評論」は要らないが、「作家としての自覚」は必要、っていう感じですか?

雨宮 それはそうでしょう。何も考えずに作品って作れないから。その時代時代の世界の主流みたいなコンテクストとは別に、自分の中に様々なコンテクストがあり、それに準じて制作をしないわけはないでしょう? では、自分の抱える様々なコンテクストの引き出しの中に、何がはまるのか、ということになると、僕の場合は「美術」ははまらない。

土屋 でも、それはどうなんだろう? その発言自体、さっき青山さんが言っていたように「トレンディ」に聞こえる。つまり、今雨宮さんの言われた話を簡単に言い換えると、「歴史主義どうでもいい。今現在の俺が居るからオッケー」みたいな話に聞こえるわけですよ。まあそれはそれでいいけど、とはいえ、そういった「超歴史的な」発言それ自体、実のところ歴史性と状況に規定されているんじゃないの?

雨宮 いや、それは僕もそう思うよ。今僕が発表している作品たちの多くが、ウェブをやり、ケータイを持ち、メールする。そんな時代じゃなきゃやっていないだろうし、伝わらない表現っていっぱいあるし、歴史や社会いろいろなものに自覚的にも無自覚的にも規定されていると思う。けど、その沢山あるなかで、なぜあえて「美術」を介して制作しなきゃいけない理由があるのかが疑問なんだよ。それは僕には「八百屋が野菜のこと知らなきゃ駄目だろ」って話と同じに聞こえるんだよね。で、駄目なら駄目って言われてもいいんだけど、僕としては「美術家と美術作品の関係は、八百屋と野菜の関係とは違う。基本的に野菜以外をメインにしちゃいけないっていう職業の八百屋になるつもりは元から無い」っていう立場なんだよね。

田中 それはとても良い例え話だと思う。でももし、僕が野菜を買うとして、買いに行く八百屋が野菜のことを知らなければ買いたくないな。なぜならそこは、八百屋だから。だけど、それがアートになると変わるのかというと、それで良いのかな? 歴史認識みたいなものって、無くて良いって簡単に言えちゃうようなモノなのかな? 土屋さんはどう思う?

土屋 雨宮さんが言っていたようなことを素で受け取ると、「歴史認識要りません」という話になってしまう。つまり、「50年ぐらい前にモダニズムってのがあって、ケッコー盛り上がってたらしいけど、今を生きてるオレには全然関係ないっス」っていう話に聞こえる(笑)。勿論、そういう風に言うこと自体は可能だけど、歴史性と無縁の状態を確保した上で発話することは、そもそもできない。一方、所謂モダニスティックな自律性が相対化されていくことが、現在の美術の状況を産んでいるのだと思う。そこに自覚的であるのかないのか、っていうことがまず重要な点の一つではあるでしょう。それから、情報環境に今日の美術が置かれている状況が、ある程度規定されているのではないか? という問題提起があったけど、たしかにある程度はそれは言えると思うし、それこそがポストモダンの状況を端的に示すものであると言えるとは思う。しかしながら、「美術」ってジャンルと「情報環境」って枠組みを、そもそもアナロジカルに結びつけてよいのかどうか。様々なタグが付けられて、そのタグの属性に乗れるかどうかで美術作品の善し悪しが決定される、っていうような状況が仮にあるとしたら、それはしかし美術において最悪な状況なんじゃないか。池田さん、どうですか? 多分おっしゃりたいことがあると思うんですが。

池田 まず、今日の美術の状況と情報環境ということですが、端的に言うと、影響を与えているとすれば、情報環境が僕らの知覚に対して、もしくは認識の作法に対して与える影響は、大きいと思うんですね。タグとかメタデータというもの、例えばニコニコ動画とかYouTubeとかブログの中で作品がバラバラな要素に分割されて、リンク構造を持ってどこかに勝手に飛んで行ったりとかする。そういった認識の作法は、恐らくネット環境以前には想像しにくかったと思う。しかし、ネット環境に浸された知覚で、ネット上に作品を作るとか、ニコ動でMADがどんどんアップされるとか、再生数すごいですとか(笑)、ということがあったとして、そういう消費が作り手にとって本当に重要なものと言えるのかどうか。ネットっていうのは即時的な消費を駆動させるものなので、取り巻く環境に対して作者が無自覚なままで、そこで生産性が高まればそれでオッケー、と言えるのかどうか。少なくとも僕の立場としては、「美術」に関わる限り、即時的に話題になるとか、MADが沢山作られるとか、そういうことで勝負してもしょうがないんじゃないかと思う。これはネットの話だけでなく、実際に美術の現場がそういった形での即時的な反応を求めるような傾向にあるんじゃないかという問題意識でもあるわけです。雑誌に載りましたとか、2ちゃんで話題になりました、とかね(笑)。
美術の公共性、あるいは作品と鑑賞者の出会いのあり得べき場所みたいなことを考える上で、即時的に消費される、脊髄反射的な萌え要素を通じて瞬間的な反応を呼び出すような形でコミュニケーションの効率を上げていく、っていうのがオタク的な消費のあり方だとすれば、美術がそういうものを相対化するような役割を担うということは、情報環境が強くなってきた今だからこそ、あり得ると思うんです。そこで、消費と作品との出会いのあり方の関係という意味で、歴史の問題、いわば公共性の縦の軸みたいなものを考えざるを得ないのではないか。公共性の水平軸として、たくさん消費者がいますよとか、話題になるとか、そういった水平的な消費っていうのが一方で存在していて、それらはネットなどの環境では強くなっていく。それに対して公共性の縦の軸、つまり歴史性というようなものを、どのように考えることができるか? 過去の作品との対話だったり、あるいは未来の他者に対してものを投げかけるだとか、そういうある種の出会いのあり方を考えざるを得ない。むしろ、情報環境などの力が強くなっていく場所においてこそ、「美術」の持っている意義が考えられるのではないか、とも思えるわけです。

土屋 しかしながら、「情報環境」云々の話をするときに、そこで話されている内実は、すごい古い話であるようにも思います。それは、40年ぐらい前に遡る話だと思うんです。ミニマリズムが飽和して、どうにもならなくなって例えばボディ・アートやコンセプチュアル・アートのようなものが、美術のメディウムを相対化してしまう時点を迎えたとき、コンテクスト依存――今日の言い方で言うと情報環境の中に浮かんでいる「ネタ」とでも申しましょうか――のリンクでしか作品を構想できない、というような事態を迎えたように。だから、そういった話は今日に始まったわけではなく、とっくの昔に始まっていたのではないかとも思います。例えば、ポストモダニズムの源流の一人であるロバート・ヴェンチューリ『ラスベガス』を書いたのは、1972年でしたね。それぐらい遡る話です。情報環境をめぐって今日話してきた議論が、そもそも今日的なことなのかどうかという問題があります。青山さんの作品を例とするのが良いと思われますが、青山さんはまさにモダンの象徴とも言えるような、レトロなシンガー・ミシンを使って作品を作っているわけですよね。このことについて、様々な選択可能性の中でたまたま私はシンガー・ミシンに萌えたんで選んでみました(笑)、っていう言い方もできるでしょう。ただ、もう一方では、現在まさにポストモダンな状況を迎えているのだから、あえてモダンな旧弊なマシンへと戻るという反動の身振りが、今日の美術において必要な条件なのだ、とも言えるわけですよね。どうお考えですか?

青山 反動というか、一個前の環境をアートとしてみなしますっていうのは、ステイトメントとして新しくないと思う。例えば、ウィリアム・モリスが中世に向かったこともそうだったと思うけど、そういう意味で、古いミシンを使うことによってレトロ主義ですと言っているつもりはなくて、むしろ、一昔前のツールだからこそ今現在を批評できると思っていて、そこら辺は自覚的にやっています。だからこそ最近の作品では、光る糸なんかをつかってデジタルピクセルを想起させるようなそういう表現にいっているわけです。ところで池田君に聞きたいんだけど、さっき「作家としての態度と話したり書いたりする態度を分けて考えている」って言っていたじゃない。でも、池田君の話を聞いていて、池田君の作品を思い浮かべたときに、なんとなく繋がらないな、って思って、もう少し作品について聞きたいな。

池田 それは危険な問いですね(笑)。僕は先程田中さんが言われていたような、「作家としての自覚性」みたいなものに関して同意できる部分がある。僕個人としては「作家としての自覚性」や「自己批評性」みたいなものは、必要だと思っているんです。でも、そういう意識って、制作する上で自分の発想を縛ってしまう方向に働きかねない。そういう意味で、自分が作品を制作しているということと、文章を書いたりするってことはある程度分けて考えたいと思っています。それはズルいといえばズルいかもしれない。ただちょっとだけ言うと、絵画というものが歴史的に持っている前提みたいなものを疑いたいとは思っています。というのも、絵画が、画家が絵の具を作って、それをマチエールとして、ある種の身振り、つまり筆致としてキャンバスに付着させられるっていうのは、およそ一つの出来事として考えられているわけです。そういう筆致、ブラッシュストロークの積み重なりが、統一的な作品をなす。インディヴィジュアルな個体としての作品をなす、というように。それに対して、ニコ動のタグみたいな感じで絵画の要素をさまざまなデータに分解して考えてみることができないのか?というふうに思っているんです。例えば僕の作品では、液体状の樹脂の段階で色を付けていく段階があり、それから、型に流し込んで成形することで筆致のようなものを作る段階がある。そしてその後に画家がキャンバスに筆致を置くように、樹脂でできた蝶や金魚なんかを配置していく段階。こうやって様々なプロセスを解体しても、絵画を作っていると言えるのかどうなのか。つまり絵画ってものを、別のメディアに置き換えてみて、その置き換えにおける翻訳のズレみたいなものから、翻訳できないものが立ち上がってくれば良いのかな、と思っているという感じでしょうか。うまくは言えていないですが。

青山 例えば、僕はネット上でのペインティングって聞いたときに真っ先に思い浮かぶのは、MADペインティングなんだけど。映画のコンセプトシートの絵だったりとか、スターウォーズの背景だったりとか、ああいう手書きっぽいものをデジタルの素材にして。ペインティングをコンテクストとして考えたときに、これが一番コンテンポラリーのペインティングだと思うんだけど、ただ、それがアートとして認められてるかというとそうでもない。俺たちからすれば、それは現代アートではないでしょ?

池田 そこで言われているコンテンポラリー、または現在性っていうのが問題で、新しい技術を使っているから現在性を持つと言えるのかどうか。

土屋 音楽で言うと、10数年前にDTM(デスクトップミュージック)が出てきて、それまでのサンプリングやリミックスが完全に簡便化したわけですけど、当時はそんなテクニックがデジタルデータとして容易に操作できるようになって素晴らしいですね、というそんな話だった。でも、聴いてみるとどっかで聴いたことあるような(笑)。確かに意匠としては新しい気がするんだけど、それがどうなんだよ、っていう。それこそ椹木野衣さんが80年代後半に主張していたような、サンプリング、リミックスの批評性など、そこには全然ない。

青山 でも、スピード感みたいなものはあるわけじゃない。できたものをすぐにメールで送れるみたいな。さっきアートにスピード感が足りないみたいな話があったし。

田中 たとえば映画の『ALWAYS 三丁目の夕日』の背景画みたいなものをイメージしてもらえれば良いと思うんだけど、あれは切って貼ってくっつけただけだよね。やり方としては現代的な方法を使っているけれど、描かれているものはロマン主義と変わらない(笑)。むしろ古いし、大したものではない。スピード感はあるんだろうけど、すぐに届かない。役者に勝ってはいけないし、背景としてかろうじて知覚されている程度のものでしょ。

青山 僕が今言いたいことはそういうファンクションについてではなくて、本当に技術的なことで。

田中 いや、技術的なことで言っても、ちょっと例が唐突だけどロートレックの絵とアングルの絵のどっちが良いって言ったら、アングルの絵の方が良いじゃないですか? はるかに前のものの方が良いことの方がほとんどでしょ。

青山 いやいや、僕がそう言い出したのは、池田君の作品がとてもMADペインター的だなって思ったから。

田中 なるほどね。じゃあ、僕は徹底的に池田君のことをダメって言っちゃったんだ(笑)。まあそれは置いといて、先程の「情報環境が美術を規定する」っていう話に戻して、多分池田君の話に繋がるんですが、「美術」が良いのは、なんだかんだ言っても現場で見なければわからないでしょ? 現代美術ならなおさら、さっき土屋さんが言っていたみたいに、いっぱい見てきてそれを雑誌に発表する、そういうジャーナリスト的な人が批評家としてみなされている、っていうのは、なんだかんだ言っても現場に行って見てきた人が勝ち、みたいなことで。結局ネットだなんだっていっても、一番重要なのは現場で見たかどうかってことがいまだに重宝される。それが世界全体に範囲を広げたとするとほとんど不可能だけど、今度は、どこか特定のローカリティーに所属している人が重宝される。中国のアートにくわしい人とか、中東のアートにくわしい人とか。
でもそもそも、作品を見た、知っていると言われても、本当はなにを見てるのか、っていう疑問もある。その場には実際に足を運んで目で見てはいるだろうけど、ただ知覚しているだけであって認識していない可能性もある。たとえばですけど、美術評論家と呼ばれている人が、国際展などの会場で、記録をするっていってずーっとビデオカメラを回していたりする。だけれどもきっと彼は全部撮影したから、全部見たって言いますよね。ではいったい作品を見るってなんなんだろうかって。

土屋 それじゃ単なる観光客だね(笑)。

田中 そう、観光客と一緒(笑)。そもそもその人は、一体何を見ているだろう。

土屋 言いたいことはわかるけど、その話には手続きが必要なのでは、と思います。美術は見なきゃわからない。そりゃそうです。私だってそうだと思いますよ。観なくても分かったということなっちゃったら、それこそ最悪だと思う。そこが「美術」の最終ラインだと思う。けれども、一番最初に私が問題提起した話に戻りますけど、行くのは実際すごくダルい。でも、足繁く通ってらっしゃる方もいらっしゃると思うから、その方には心から敬意を表しますけれども。

青山 でも一方で、前に雑誌で功起君のインタビューを読んだんだけど、僕としては作品とはインストラクション一発で終わらせるのが理想かもしれない、って言ってたよね。

田中 前後の文脈が多少切られているから誤解を招く言い方だけど、たしかに、僕の作品は結局のところインストラクションだけになることが理想かもしれない、と発言しましたね。まあ、つまりはコンセプトが第一ということであり、そこで終わってしまっていいとも言い換えられます。でもその一方で、そのコンセプトから導き出された現場での体験や予想外の出来事ってのも、僕にとって大事なことなんです。そうした現場でのノイズは、作品の豊かさにもつながりますよね。だから、そこで雨宮君にも通じるし、青山さんの手仕事にも通じてくると思う。ただ一方で、見るのがダルくなるってものよく分かるけど。

土屋 そこで切ると単に私が怠惰な人間だっていうことで終わってしまうので(笑)、もう少しだけ補足すると、見るのがイヤになったっていうのは、展覧会を回るっていう無根拠な儀礼めいたものに嫌気がさしたっていうことです。展覧会は、フォーマットが決まっている。画廊が開いている時間も決まっている。それは置いておいても、それよりもむしろ問題なのは、展示の方法がほとんど決まっているということ。で、それが何によって規定されているかというと、所与としてある空間から帰納的に作品が決定されることがほとんどなわけです。これは雨宮さんと田中さんに話を振った方が良いと思うんだけど、さっきお二人がおっしゃっていた、美術が最初の前提にはなっていないっていう話とか、美術史をふまえなければいけないという話とか、そういうアーティストとしてのステイトメントはひとまず了解しました。でも、結局見に行く人は美術だと思って見に行くんです。それが何によって保証されているかといちいち説明すると、馬鹿みたいな話になっちゃうけど、基本的なことだから押さえておいた方がいい。まず、展覧会、ないしホワイトキューブっていうフォーマット。ホワイトキューブっていうのは文字通りの白い立方体って意味だけじゃなくて、理念的な空間という意味で言っています。そのようなものが所与としてあるということ。それから、そこでやっている人が美術作家である、っていうことが無条件に承認されるということ。そのメカニズムは、いまだにどんな作品の場合でも、必ず折り込まれている。そういう意味では、モダニズムの問題は、未だに引きずっているのだと思う。それで、なんで展覧会に行くのがダルいかっていうと、その当たり前になりすぎた作法に準ずるのがイヤだ、っていうこと。その決まり切った様式から、少しでもズラすことはできないのか、ということを考えてます。そのような規制は、近代以降の美術の基底をなしてきたものです。それをズラす方法が、一体あるのか無いのか。そこで聞きたいのは、パフォーマンスやインスタレーションや映像のような不定型なものを使ってらっしゃる雨宮さんや田中さんが、展示空間と作品というものを、制作の際にどう考えているかということではなくて、そのような規制をどのように乗り切るつもりなの?ということです。

田中 これはとても重要な問いですね。まず、最もつまらない答え方をしてしまえば、それにまるまる乗っかってやろうと思っています。展覧会って構造もそうだし、自分がアーティストってことも含めて、その作法を規制と受け取らずに利用してみる。そのとき、極端な話、僕は何をやっても良いんです。ギャラリーで排泄していてもパフォーマンスに見られるだろうし、その意味では、その作法に乗るかぎり自由を手に入れることができる。制限付きの自由というのは矛盾してますが、それをひとまずは確保して内側に入り込むことで、作法を逆手にとることも可能になるかもしれない。その規制の中でその作法を批評する自由もいわばあるわけです。
だけど、もう一方でその作法にのらないことも考えられなければダメなんじゃないかなとも思う。どうすればいいのか、僕にはまだそれはわかりません。例えば、美術館じゃない場所、ってたくさんあるけどオルタナティヴ・スペースで展覧会やってもどのみち作法に乗ってますよね。コイン・パーキングで展覧会をやったりするようなことで、都市の中で新しい場所を見つけるっていうのも、メディアや雑誌として展覧会を作るっていうのも、もうなんだっていいんだけど考えられるほとんどの方法論っていうのは、既に食いつぶされている。頭の良いアーティストがいっぱいいるから、やり尽くされてしまっているわけです。だから、オルタナティヴはもうないんですね。どんな廃屋で作品を見せても、どれだけ破天荒にプロジェクトを立ち上げても、すべては「展覧会という作法」に回収されてしまう。さきの「自由さ」はいわば幻だったってことですよね。だからその作法に疲れてしまう人には届かない。そういう人にもちゃんと届けたいけど、どうすればいいのかは僕には正直まだわかりません。
ただ今の時点で言えることは、本当に大事なことは体験的なことなんじゃないかってことです。前半は美術ということを強調し過ぎたけど(笑)、ほとんどの人にとっては美術による体験ではなく、もっとべつの体験だと思うけど、その人にとっての大切な体験というものはくり返しくり返し人生の中で思い出されますよね。だからそれはいっときに限定されたものじゃない。ここに可能性があるかもしれないと思ってます。
例えば僕自身の美術の経験、自分が今まで見てきたたくさんの作品の中で、本当に感銘を受けたものは、体験的なものです。それはいわゆる体験型の作品ということではなくて、ほとんど絵画からなんですが、単なる平面によってこちら側の経験が動かされる。そこが僕には面白い。そうした絵画の経験が僕の理想的な作品のあり方ですね。ほかにはたとえばこれは作法のある美術の経験とはそもそも違うけど、作法がないからこそ、偶然だからこそこちらの経験が動かされる出来事ってありますよね。レストランの中で皿が落ちるんでもなんでもいいんですが、それが不意である場合、それがある種の体験として記憶される。でも、その同じような出来事を僕が美術館でやったらダメなんです。たまたまの出会いでなければ面白くない。
美術は偶然にはできあがらないし、見せられない。だからその美術の作法はなかなか回避できない。ひとまずはその内側に入り、そのなかの逃げ道を探り、そういうイタチごっこの中で、僕が感じてきた絵画や普段の出来事の体験とか経験のようなものをどう導き出すのか、っていうのが課題なんです。

土屋 それはこう聞こえるんですね。日常は否応なしに、だらだらと続いている。例えば、素晴らしいアーティストが素晴らしい展覧会を開催したところで、途端に日常に回収されてしまう。そこで、日常の中の異物、日常の中の裂け目みたいなものを発見する、あるいは体験すること。そういった美術の体験の質が大切なのだ、ということだと思うんだけど。

田中 美術って言わなくても良いんだけど、本当に面白いのってそこじゃないですか?

土屋 でもそれって、路上観察と一緒なんじゃないの?

田中 たしかにそうともいえる。けど、なんか違うんだよなあ。

青山 学生の作品とかでよくある感じだよね(笑)。

田中 だから、自分が出会った出来事をそのまま自分の作品で見せるってことじゃないし、やってはいけないんです。アウトサイダー・アートと一緒で。僕は「たまたまであった出来事」をたまたま見せられる立場にはいないでしょう。

土屋 自分がやっちゃいけないとはいえ、作品化するためには表象の過程が入ってくるわけでしょ? 例えばビデオに撮るとか。

田中 僕は一切取り込んでいないし、それは全く別個なものなんです。

土屋 傘が飛んだりとかはどうなの?

田中 何度も撮影するなかで選ばれているから、それは意識的なことですよね。偶然飛んでいった傘を偶然には撮影できないし。僕の作品は意識的な体験として、やっぱりそういう意味では現代美術でしかないし、作法のなかに陥ってますね。それは、いままでに作られてきた美術、その前提をふまえた上でやっているわけで。
だけど、それとはべつに、僕が単純に経験として面白いと思うのは、日常で出会うたまたまの出来事でもあるけど、僕にとっては絵画の経験はその日常のたまたまを越えるんです。ポロックでもセザンヌでもアングルでもいいんですが、その経験に日常の裂け目は勝てない。自分が作品を作るうえで基準として設定しているのは、絵画の経験です。自覚的な制作を経て、徹底的に操作されている、人工的で意識的な絵画が、偶然という自然に勝る。これはいったいなんなんだろうっていつも思います。だからそうじゃないと、作品とは言えない。そこらへんにあるものをただ撮ってきて作品とか呼ぶのなら、誰でもできるわけだし。
ともあれ、例えばYouTubeに僕は作品をアップしてますが、僕が作った意識的な作品と、無数の無意識的に撮られてきた映像の差はほとんどないですよね。とくに面白さを基準にすると、アートかどうかって基準では見えないものが見えてきます。そこで僕が気になるのは、やっぱりアイディアとしてのアウトサイダーについてです。意識的なものを美術と呼び、無意識的なものをアウトサイダーと呼ぶのなら、YouTubeのなかではその差はなくなっていく。僕の映像を見て、アーティストになったらいいんじゃないかってアドバイスをくれる人がいたりする。ここで、雨宮さんの作品にも繋がってくると思うけど。

土屋 確かに。一見すると雨宮さんの作品はアウトサイダー・アートとして捉えられかねない(笑)。

雨宮 え、マジで?

土屋 そりゃそうだよ。だって、56日間もギャラリーにいるってのは、どう考えてもおかしいよ(笑)。それはともあれ、さっきも言ったように、僕は展示空間と作品との依存関係があると考えています。雨宮さんにとって、それがあるのか無いのか、あるいはもしあるのだとしたらそれは一体どういうものなのか。

雨宮 展示空間と作品の関係の話でいうと、僕にとっては、作品を作るソースとして「美術」は必要要件ではない。でもそれは、美術から及ぼされる諸般の重力から関係のない、無重力めいた状況で作品を作れるってことを示しているわけではないんです。今の現状では、展覧会は偶然に観られるような状況にはほぼ無い。どうやったって、美術展ってものをわざわざ開いている人と、それをわざわざ見に来た人っていう関係性がある。美術作品はそこら辺に転がっているようなもんじゃないですし。「美術」が必要要件ではないと言ってしまっている僕の作り方としては、観客の「美術の展覧会に来ました」っていう慣習的な身振りとかを、一つずつ剥がしていくっていう感じなんです。最初に「現在」って話をしたのと関係すると思うんだけど、どんなに頑張っても作っている僕は作者として「神」みたいな状態なわけ。それを観客の人に享受させている、って関係はどうやっても逃れられないと思う。でもそれらの身振りを剥がしていくことで逃れてみよう、っていうのが僕の作品での実験なんだと思う。だから、ギャラリーなんかの制度的な環境みたいなことについては分からない。観せる人と観る人っていう環境が成立したあとの状態を考えるのが精一杯。だから、ギャラリーに来ない人をどうすりゃいいの、って話は正直言って分からない。「来ねーと始まんねーよ」っていう感じ(笑)。功起君の話に続けると、実は僕も絵画がすごく好き。絵画で体験できることはすごく多くて、それも「現在」っていう話に繋がるとおもうんだけど、絵画って「現在」を生産し続ける事が可能なメディアなんだと思う。言い換えると有効期限が長いんだと思う。ラップトップで音楽を作ったりだとか、その都度新しいものはあるんだけど、有効じゃ無くなってしまう時間が短い。絵画は有効期限が長いので、「私」と「絵画」でお話しを可能にする「現在」を持続する可能期間が長い。

池田 雨宮さんはさっき展覧会が重要で、美術であるかどうかは重要ではないと言っていましたね。土屋さんがおっしゃっていた、何故展覧会に脚を運ぶのがめんどくさいのかっていう話は、作ることや見ることまでも含めて、ある種の閉じた業界性においてのみ成立しているように見えるかのような状況への違和感からきてるんでしょう。その辺は、僕が最初に言っていた作品の自律性ということと関係すると思います。業界内の些末な力学を取り除いた時点で、作品が自律性をもって立ち上がれるのかどうか? そもそもそこにしか、ある種の時間性や歴史性を作品が獲得する可能性はないのではないかと思います。

田中 でも、よく考えると、素朴にどうやって「自律している」ってわかるんですか?

池田 自律性を支える根拠を獲得することは、今は難しい時代になっていると思う。社会関係やコンテクスチュアリズムに規定されるような状況が訪れる前には、美術史がもつオーソドキシーを引き継いで行くようなものが、モダニズムという名で存在していたかもしれない。もちろんそういったモダニズムそのものが強い政治性を帯びていることを考えることも必要ですが、ともかくそういうものが機能しなくなってきた状況がある。しかしそこで、歴史に戻らなければいけない、みたいなことを言うと原理主義的に見えてしまう。そこで、僕が可能だと思えることを一つだけ言うと、90年代以降、良かれ悪しかれ美術は様々なメディアを取り込んできたわけです。絵画であれ彫刻であれ映像であれウェブであれ、平板に入れ替え可能なものとして扱える、という認識が前提とされている。そういう雑多性、並列性をポジティヴに使うことで、かろうじて確保される自律性ってものがあるんじゃないかと思う。僕が先程言った翻訳の話、あるものを別のものに置き換えていくとか、あるいは複数のコンテクストをネットワーク上の編み目として結びつけていくとかいった作法においてかろうじて立ち上がる作家性なり編集性なり、そういう可能性を探求する人たちが出てきているっていうのが僕の印象です。

田中 今、自律性から作家性に話がズレてしまったように思えるんだけど。まあそれはいいとして、モダニズムによる自律性ということではなく、コンテクストにまったく依存しないという意味通りの自律性を考えるとき、池田君が言う「かろうじて立ち上がってくるかもしれない自律性」ってのは、どうやって僕たちに判断できるんですか? 僕はそれがむしろ知りたいんです。

池田 徹底して純粋化していく、ということの無根拠性が、モダニズムの限界だということです。その限界は、平面性だとかメディウムへの純粋還元だとか、言われていた。絵画なら絵画というメディウムの特性へと還元していくことこそ先鋭的である、というような。それこそが認識の純化であり自律性であると言われるわけだけど、キャンバスが最後の砦、とか言っても、そもそもそういう条件自体、他律的な文脈によって――それこそモダニズムという文脈によって――与えられているわけで、そんなの単に信仰に過ぎないと思う。僕はそれをズラさなければいけないと思っている。必ずしも、自律性とか作家性って言わなくてもいいかもしれないけど。

田中 作家性と自律性ってのは、同じものとして池田さんの中であるのですか?

池田 それなりに近い言葉として使ってますが、とりあえずここでは自律性と言っておけばいいと思います。

田中 さっき言った、編集的なことから立ち上がってくる自律性って何ですか?

池田 その時に純粋化していくのではなくて、絵画なり、彫刻なり、インスタレーションなりといった、様々な雑多なメディウムを有効に使えるのではないか。それらをポジティヴに使っていくことによって立ち上がるものがあるのではないかと思っています。さっき翻訳って言ったけど、日本語から英語に翻訳するとか英語から日本語に翻訳するってのはそもそも不可能なんです。それぞれが別々の文法、シンタクスを持っているわけですから。ベンヤミンが「翻訳者の使命」で言っていることを念頭に置いて言いますが、僕らは普通意訳するじゃないですか。原文の意図みたいなものがあり、それを伝えるために言葉の順番や言い回しを変えていって、自然に見えるように変えていかなければいけない。普通は、そういう話になる。しかし、ベンヤミンは逐語訳でいけ、原文の構造をそのままに訳して良いんだ、と言うわけです。それによって、翻訳する側の新たな言語の可能性が開かれていくんだ、ということを言っていて、僕はそのような意味での翻訳性が、作品制作においての鍵になり得るんじゃないかと思うんです。ネット空間では、それこそアニメやゲームをネタにしたMADなんかがそうであるように、ある意味で記号的な「翻訳可能性」に開かれるわけですが、むしろここでの翻訳というのは言語どうし、あるいは複数のメディウムどうしの「翻訳不可能性」に関わると思っています。むしろ翻訳不可能だからこそ、複数のメディウムを移動する際に、摩擦が起き、変形が起こる、と。例えば名和晃平さんなんかは彫刻をピクセル、つまり一種の絵画として考えているとも言えるし、田幡浩一という作家なんかもアニメーションと絵画との狭間で制作している。

田中 翻訳の間で意訳や間違いが起こる、逐語訳によって言語の可能性が開かれていく、それはすごく面白いと思うんだけど。それと「作品が自律するかどうか」、作品が他のものに依存せず作品になるということがわかるということは、「美術とは何か」って話と近いと思うんです。だけど、どうやったら作品が自律しているって見たときにわかるのかなあ。だって、それはなににも依存していないわけだから、原理的に言ってほとんどその自律性は確認できない気がする。池田君の中では翻訳ってことに可能性を見いだしているっていうのは分かるんだけど。

池田 田中さんはさっき、日常の中の裂け目から、新たな可能性が引き出されると言ってましたよね。そういう感覚と遠くもないんですが。

田中 僕は自律性との関係でそれを言ったわけじゃない。それは作品をつくっていく上での着眼点の話。制作におけるとっかかり、目標みたいなもので、それはわかるんです。みんなそれぞれ着眼点はあって、刺繍とか、雨宮くんなら自分の身体の軋みみたいなこととか。そういう部分を軸にして、みんな作品をつくっているから、そこはわかるんだけど。それとはべつの話に思えて、どこから作品として自律するのかってことは。青山さん、土屋さん、どうなのかな? 自律しないんじゃないかなって気がしてきて。

青山 一つ例を挙げて、功起君に、こんなのはアートなのかどうなのかを訊いてみたいのだけど。ちょうど今トイレに行きたいから(笑)、その作品のこと思い浮かべちゃった。ロンドンにいるときに見たやつで、日本人の学生の女の子が、シャネルとかに入っていって、いきなりそこでおしっこをするっていう作品なんだけど。確かに日常の中の大きな裂け目だよね(笑)。みんなびっくりするわけ。その子は別にプロのアーティストでもなく、勿論アーティストとして認知されているわけでもない。

雨宮 でも美大の学生でしょ?

青山 美大の学生ではある。けれども、それをドキュメンタリーにしてギャラリーで見せて「作品です」と言っているんじゃなくて、単に行為だけで満足している。

田中 まず美大生がシャネルに行っておしっこをするという時点で、ものすごい自覚的な行為ですね。本人がもし無自覚的だとしたら、それは最初から別にどうでもいいことだからおくとして。自覚的にアートとしてやっているのだから、それはアートとしての日常でしかなく、裂け目ではないですよね、だからなんの面白みも無い。

青山 面白い面白くない、じゃなくて、アートかどうかっていうのは?

田中 面白くないものはアートじゃない。

土屋 面白いかどうかは別として、まずお店の中でおしっこするのはダメですって、ちゃんと教えたほうがいいよ(笑)。それはともかく、何でもアート、アートって言えばいいっていう雰囲気は、本当にしゃらくさい。日常に裂け目をつくって、慣習的な振る舞いに反省を促すってことを狙ってる、みたいな。そういうタイプの作品がありますけど、大きなお世話だと思うんですよね。日常的には私たちはまさに動物的に楽しんで生きてるわけだから、そんなとこでいちいちアートが介入しなくていいですよって思う。

雨宮 自律性の話に戻るけど、それを保障するものなんて無いし、作る側としてはそれに期待してもいけないと思うんだよね。いくら話題にあがっているとは言え、例えばある作品が2ちゃんねるの感覚をそのまま持ってきてるようなものだったら、俺にとってはそれは全然美術の役割じゃないと思う。

池田 ええ、それは全然違うでしょう。自律性っていうのは、美術が閉じた業界における政治的な力学でしか存在できなくなるのはまずいよねとか、そういう話です。

雨宮 業界って言うけどそれってどこからどこまでの話なの? 池田君がしきりに言っている2ちゃん的なものだって十分「業界」の話に聞こえるんだけど。自律性みたいなものを保証するものっていう話は、美術を保証するものは何かって話と同じくらい難しい話だと思うけど、基本的には俺は、そんなものは無いっていうスタンスです。

土屋 うん、でもここに座ってる人たちは全員、誰も素朴にあるとは思ってないよ。池田君が言っているのも、自律性が所与のものとしてあるということではないでしょ。制作のテロスとしてそういうのを置かないとやってられないっていうことでしょ。

池田 そう。業界性みたいな話をしたけれども、かつてはモダニズムのようなものが歴史の主流として機能していた。それが撤退した後、ある種の業界性や、社会的なネットワークみたいなものがあまりにも前に出すぎているという状況はあると思うんですよ。土屋さんがギャラリー巡りがウザくなったという問題というのも多分関係していると思うんです。美術史的な仕事に近づいているっていうのは歴史みたいなものに対してある一定レベルの信頼を持ってるわけでしょ。

田中 作品が自律的でなくても、美術館とかギャラリーとかでやっちゃうと、とりあえずは美術って思われちゃう。作品自体が、そういう環境からは逃れられない。

青山 一方で美術館の機能が日常化してる部分もあるんじゃないかな。

田中 日常化?

青山 例えばグラフィティとか。功起君はどう思う?

田中 グラフィティはどんどんやればいい。けど、美術館の中でやらなくていい。美術館の外壁でやったらいいのに。意味が分からない。

青山 ジブリ展とかね。

田中 いや、ジブリ展は、僕は実はすごく可能性があると思ってるんですよ。だって、あれだけの人が美術館に来るなんてないんだから。あれをもっと美術館もうまく使って、自分たちで、もっと違う何か、新しいジブリ展としてやれるように、取り込んじゃえばいいのにな、って思ってるんですよ。だってジブリ、いいじゃない(笑)。

土屋 そりゃジブリはいいよ(笑)。それはそうなんだけど、そういう話をさらに進めると、日本の学芸員はバカだ、もっとがんばれ、って話になっちゃうよ。

青山 美術館とかギャラリーでやったら、アートはアートとして自律できるということなのかな?

田中 そうじゃなくて、アートは結局どこにおいてももはや自律はできないってことじゃないかな。なんかしらに依存してしまうし、制度にいやがおうでも取り込まれている。美術館で見せることによって社会的にアートって認められることを自律性と呼ぶのならば、それって恥ずかしいことじゃない? 自律的であるどころか、制度に依存することで成り立っているのに。「美術とは何か」っていうのがこのシンポジウムのテーマだけど、裏を返せば、自律的な表現としての美術はないってことですか? でも、そんなものはそもそもないし、いままでだってあったためしがない。たまたま制度や作法によって、認知されてるだけですよ。

土屋 いや、美術ってジャンルは、実際あるわけだ。田中さんによると、美術人口は2000人しかいないらしいけど。多く見積もっても、せいぜい1万人とかそれくらいでしょう。でも、世界全体で言うと、美術に関心のある人は、もっと存在しているわけですよね。さらに言えば、歴史において拾い上げられ、オーソドキシーとして確立されてきた、美術作品の歴史はある。でも、作品の自律性云々という話には、一方で危惧を感じる。ここまでの話の中で、モダニズムとかポストモダニズムとか言ってきたけど、いまモダニズムという言葉で想定しているのは、ここに座っている5人全員がそうかどうかは分からないけど、いわゆるアメリカ型のモダニズムでしょ。クレメント・グリーンバーグたちが主張したモダニズムを前提として、話をしている。それはそれでいい。ただ、日本でいわゆるモダニズムみたいなものが問題になったのだって、たまたま世代的に『モダニズムのハードコア』を読んでいたりするからだったり、ということなわけだ(笑)。そこが恐らく出発点になっていると思うんだけど、それ自体すごいローカルな話で、そんなこと言ってるのって、東京とか主要都市の大学に行ってるヤツのごく一部だけなんだよね。だから、モダニズムなりポストモダニズムについて話していること自体、いささか恥じらいを感じなくもない。

田中 だから僕はそういう用語をあたりまえのように使うシンポジムにしたくなかったし、第一僕は一言も言っていないよ。ともあれ、一番信頼できるものは、自分が生(なま)に経験したことや、生(なま)に享受したり、反応したりしたことだと思う。トイレ行きたいだとか、それはどうしようもなく僕たちが反応してしまうことで、そういうものをひとつひとつ積み重ねて確認していくこと。僕にとっては、トイレに行きたいということと、美術史が気になることは同じようなこととしてある。だから読みたいと思えば読めばいい。こうしたことがベースになって、作品がどうあるべきかの判断ができあがっていくのだと思う。なぜなら、もはやなにもかもが無根拠なわけで、僕たち個人の判断を支えてくれるなにかしらの後ろ盾はもうないわけです。何を信じていいかわからないし、意味どおりの自律ということはありえない。すべてのものはなにかしらに依存している。美術館で発表できたからといって、それが必ずしも信頼できる評価であるとはかぎらない、ということを僕たちは知ってしまっている。怪しいわけでしょ。美術史が重要な人もいれば、それが重要でない人もいる。自分の中に取り入れてもいいし、取り入れなくてもいい。そういう反応、判断をしていく中で構築されてきたその人の考えがひとつの身体になって、それが初めて作品につながっていくのかなと。だから一番最初の、「美術とは何か?」って問いかけには、「それぞれ」という答えになる。そんなことはわかっているけど、ぼく僕にとっては「美術とはこれです」と断言することがひとりの個人としてここに座っている意味かなとも思う。

池田 田中さんの言われることはある程度まで同意できます。大きな価値基準なんて崩壊しているから、個々の価値基準に従うしかないんじゃないか、個々の実感に基づいてアートをやるしかないんじゃないか、というのはある種歴史的な帰結としてはあり得ると思うんですよね。そうやって価値が相対化していく中で、個別の価値観を信じるしかないという。しかし僕はちょっと、そういう言い方にも危惧を感じる。「私のこの感覚」を絶対化するようなナルシシズムを疑うことが、それこそ近代的な自己批評性の前提条件なわけですから。さっきの翻訳の問題とつなげるかたちで言うと、最近、『日本語が滅びるとき』というのを水村美苗が書いて、話題になりました。水村の問題設定では、かつてはラテン語が担っていたような、信頼し得るに足る知の体系があって、それに対してフランス語やイタリア語のような、地方語と言うか、現地語があった。今は普遍語が英語になっていて、それに対して日本語であれフランス語であれ、無数の現地語があるに過ぎないと言われている。そこで国語の必然性を水村は説くわけですよね。普遍語、つまり歴史的に信頼するに足りる知の体系の中にある言葉としての普遍語を、現地語において翻訳する、というものとして水村は国語を捉えている。そして、実際には国語が弱体化していって、単に現地語があふれてるだけだ、と。ネットも、文芸誌も、現地語のおしゃべりに過ぎない。それを踏まえて言えば、田中さんが言ってるような、「個別の価値を信じるしかないんだ」というような考え方は、ある意味、現地語的なおしゃべりに居直る、というような話にも聞こえかねない。とはいえ、普遍語的に、規範的な美術史の体系を学ばなくてはならない、というような言いかたも通用しないんじゃないか。その中で、難しい問題を個々の作家が迫られている。そこで少なくとも、翻訳ということに可能性を感じている、というのが僕の立場です。

田中 もっともだと思うので、僕も付け加えておきたいんだけど、個別のことだけを信じて、それだけでいいと言ってるわけではもちろんないよ。外国に行けば英語しゃべらなきゃいけないわけで、外国人と喋って、そこでは現地語で話すのとはまた違った話をしなきゃいけない。もしかするとそれが池田君のいう翻訳性につながるかもしれないけど、べつの文法やルールをその都度、学んで対応していく。美術はそういう意味では、いやおうなく現地語と普遍語の間に引き裂かれている。
あるいはこういう場に集まって、「それぞれの立場で」でいいとは言ったけど、そのまま交流をしなくてもいいということではもちろんなく、実際はいろんな場所でいろんな人とつながっていくわけだ。結局自分っていう活動体は、自分自身のコンセプトだけでまとまっているわけではない。常に変動していくものだから、その都度、自分を信じていながらも、時には信じられなかったり、だれかに寄りかかったりするわけだ。あるいは似たもの同士でグループを組んだり、ケンカ別れしたりもする。そうしたどっちつかずの自分というものも、そのまま背負ってきているんだなって思うわけです。だから現地語に居直りつつも、そう言った舌の根も乾かぬうちに普遍語が必要だといい、国語に回帰するべき、とも言ってしまう。そのくらいひとりの個人のタグは、ばらばらなものだとも思うのです。そこに可能性も感じる。最初、「美術とは何か」というテーマ自体に、漠然とした疑問があったんですが、いい感じのシンポジウムになったんじゃないかな。時間もなんとなくもう終わりだし(笑)。少し会場からも聞いたほうがいいかなと思うけど。

土屋 司会者みたいだな。田中さんが「美術犬」やってよ(笑)。

田中 いやいや……。

土屋 さて、それではご質問いただければ。

会場質問

質問者1 先程田中さんが映したスライドで、今回の開催趣旨にチェックしたものがありました。その中に、「「美術」などは今日必要とされてないのであろうか」というのがありましたよね。これは勿論、必要とされているか否かということですよね。コンテクスチュアルな、あるいは逆に自律的な作品という話が出てきたと思うのですが、それを踏まえて「美術の必要」ということに関して。自律的な「必要」というものがあるのか。それとも、コンテクスト化されざるを得ない、色々な「必要」があるのか。ちょっと「必要」ということとは違うのですが、田中さんは良くない作品は美術じゃない、という話をされた。それも非常に面白い観点だと思います。あるいは雨宮さんがおっしゃったように、美術をつくりたい、見せたい人間がやってる展覧会に美術を見たい人間が来るって意味では、それでいいと思うのです。ただ、その範囲で美術の必要性を考えてしまうにとどまるように思うんです。美術の必要とはどんなものなのか、お聞きしたいと思います。

土屋 今のご質問に対してのお答えになるか分かりませんが、述べてみます。先程申した通り、「「美術」などは今日必要とされていないのであろうか」という文言は私が書いたのですが、これは半ば挑発的に書いたのです。必要か必要じゃないか、という議論はそもそも本質的な問題ではないと私は思っています。単に「美術がある」という、その事実性だけが重要であると思いますので。ではなぜこんなことを書いたかというと、美術というものが有用であるというような説明をしたがる輩が余りにも多すぎるということがあります。ベタな例を出せば、美術を見ると生活が豊かになりますとか。さらに言うと、美術作品に直面することによって日常的な感覚が揺さぶられる、とかいうような、作品解説でもよく使用されるこのような説明もまた、有用性への無自覚な信仰の表れであって、何かもっともらしく聞こえるかもしれないですけど、何も言っていないに等しい。美術は、有用性をもって語るものではないと、私は思っています。だからこの文言は、有用性への信仰が無批判に受容されてしまっている現状に対しての揶揄です。そういうつもりでこれを書きました。ただ、美術に対して、いかに従来とは異なった受けとる方法があり得るのか、ということは考えています。

雨宮 基本的には、僕も一緒です。基調報告でも言ったように、自分自身が考え続けるために、あわよくば人も考えてくれれば、という風にしか捉えていないので、僕にとってすら重要かどうかがわからないといった感じです。

田中 質問としては、どんな「必要」がありえるかということですよね。補足的に可能的な、あるいは実際的な「必要」を挙げてみますが、最も必要とされているのは、行政的に必要とされているということだと思います。美術館って公共的なものなので、展覧会をしないという選択肢、そういう期間は、行政サーヴィス的にありえない。つまり穴を開けられない。それが地方の美術館の、もっともつらいところのようです。それから、美術史的に必要だということもあるでしょうね。どのくらいそれが有効なのかはわからないけど、美術史的に必要な作品は、あると思うんですよね。まったく面白くないし、美術史的な価値以外に意味は持たないけれど、資料的価値があって必要だよねっていうものって、作品としてはあります。僕はそうしたものは作りたいとは思わないけど。

池田 僕はある意味では必要だと思っています。僕は今日、この中では結構ベタに、美術というものをナイーヴに信じている人間なんだなということを確認した気でいるんですけど(笑)。さっき歴史性の話をしたけれど、美術館とかで、何かよくわからないもの、「不気味なもの」と出会う可能性って、まだあると思っていて。作家としては愚直に作品を残していくということでしかない。美術館の制度的問題ってよく語られるんですが、美術館のコレクションっていうのは、ある時期に作られたものが残ってしまう。それらとの出会い、過去の不可解なものとの出会い、そんな可能性がまだあると思うんです。横浜トリエンナーレの話の時に、作品が理解可能であるということが暗黙の了解になっちゃってるんじゃないかという話をしましたが、そもそも作っている僕自身ですら、その制作の意味なんてよく分かってないんだから、理解不可能で当然だろう、と(笑)。まあともかく、僕が過去のものと触れるのと同様に、未来の他者に対して何かを投げかける、そういう時間性を持った投機という意味で、僕は美術を考えたいと思う。僕は少なくともそれを必要としていますね。

土屋 これだけはちょっと言っておきたいんだけど、今池田さんがおっしゃったことには80%ぐらい同意しつつ、一方で、それが発見される場所が、ほとんど常に美術館であるということについては、私はかなり不満があります。他にご質問ある方。

質問者2 こんなに美術作家の人がいるんだから、同じ趣旨の展覧会とかで見せるべきではないかと思ったのですが。なぜ言葉で語らせたのか教えてください。

雨宮 展覧会はいっぱいあるじゃないですか。それでも追いつかない部分とか、自分が知りたい部分を、こんな形でできないかなと思ったからです。「自信を持って「美術」っていう問いについてお答えします」というものではないです。それは同時に、作品についてもそう求めてはいけない。いろんなところでいろんな作品が発表されて、駄目なものは美術じゃないかもしれない。僕は基本的にそれでいいと思う。各自の美術作家がやりたいようにやってりゃいいし、美術批評家もやりたいようにやってればいい。ただ、つい最近感動した話で、人からのパクリなんだけど、こんな話があります。あるコーヒー屋のマスターが、世界にはコーヒーは二種類しかないと言ったそうです。この答え、わかります? 「俺の淹れたコーヒーと、それ以外のコーヒー。その二種類しかない」というものなんだけど(笑)。作品も同様で、「自分の作品か、それ以外の作品」作る人はそう思ってりゃいいという感じがします。作品制作や展覧会は、それを実行するための場所だと考えてます。ただ、このような場では、先に言ったようにそれとは別に、そうは言っても皆肩書きに、望む望まざるに関わらず「美術」って付いちゃってるんだから、「美術」についてもう少し開いて対話をするところから始めてみようという意図があります。

田中 僕は主催者じゃないけれど、もし仮に「美術とは何か」という展覧会をBOICE PLANNINGでやります、って言われたら、ちょっとどうかな、と思う。テーマが大きすぎて、そのわりには場所とアーティストの選び方が極端すぎて、幅が狭くなるから。でも、話だといいと思うんです。それは問いかけになるし、言いたい放題できる。でも展覧会では、これが美術なんだ、というステイトメントになってしまう。俺たちの、これこそ「ザ・美術」、みたいな(笑)。だからシンポジウムなんじゃないかなと思うんです。シンポジウムだからこそ、愚直な問いができるんです。次回は「絵画」らしいですが、いろいろと問いかけ続けて、一通りしたら、もう一回「美術とは何か」と問うとかね。そこに議論が生まれる可能性がある。このあたりの世代って、あんまり特徴の無い世代なんですね。ちょっと上の世代は、昭和40年会だとか、スタジオ食堂とか、いろいろと濃いんですが。僕たち自身はお互いのことをなんとなく知ってるけど、なんとなく知らない。同世代での交流も無ければ、議論の生まれそうな気配もあんまり無い。でも、何か大きなテーマで話をすることで、すこしはお互いのことがわかるかもしれない。それが継続されていくことで、何か共通の地盤みたいなものができたらいいんじゃないか。みんな話下手なのに、集まって話をする。それが僕は面白いなと。だから参加しました。

土屋 一点補足しておきたいのは、「美術犬」は必ずしも、シンポジウムだけをやる運動体だとは考えてません。美術と言説について考える運動体だと位置づけています。実際、今田中さんがおっしゃられたように、なんとなく面識はあるけど、悪口は言わないし、褒めもしない、なんとなくここに居る、そんな付き合いが多いのが実情なんですよ。そういうのが気持ち悪いということがあったので、このような場を設けた方がいいだろう、ということもあります。とにかく、そういう場所を設けたかった。今現在、私と雨宮君は「美術犬」メンバーということになっているわけですが、必ずしも一生添い遂げます、というものではなくて、むしろ流動的なメンバー構成でやっていくつもりです。今日話されたことも後日ウェブ上にアップロードしていく予定ですし、あるいは別の言説をつくる場を設けるかもしれません。

質問者2 それをなぜ聞きたかったかというと、同じ立場の美術作家の人たちが5人いる必要性があったのかということです。同じ立場の人だから同じことしか言わないというわけではないけれど、同じ結論になってしまったり、同じ内容にしかならないとか……。

土屋 私はここに座っているパネリストが同じ立場であるとは、全く思いませんが、そう聞こえましたか?

質問者2 美術はいろんな立場の人が居るわけで、色んな人が居てシンポジムが成り立つほうが面白いと思ったのです。いろんな人がいると思いますけど。女性がいないとか。だから美術家がいるんなら展覧会でいいんじゃないかな、と思った。

土屋 ではあなたがそれをおやりになってください。

質問者3 現状についてのお話でしたが、それぞれ未来に対してどう思うか、お聞かせ下さい。

雨宮 来週もわからない状態なので、今までやってきた姿勢でやっていくしかないのかな、と。正直、わからないところです。

青山 作家としては、作品をつくるしかないと思っています。例えばさっき言ったように、無人島でアートという概念がなかったとしても自分ではもう、つくるしかないと思うんです。去年、アーティスト同士で、アーティスト主体の展覧会やったりしたわけですが、色んなチャレンジの仕方があると思うんです。それが結果的にどうであれ、問題ではない。いつも思うんだけど、キュレーターであれアーティストであれ、なんで誰も喋ったことのない事を喋ろうとしないんだろう。キュレーションでも、海外のものがツアーしてきただけだったりとか。もうちょっとオリジナリティにこだわってもいいんじゃないかと思う。間違ってもいいから、何か喋ったことないこと考えていくのが、アーティストの仕事の一つだと、僕は思っているし、それを美術評論家の人にも求めています。

土屋 美術史家と名乗るつもりは全くありませんが、さっきも申した通り、どちらかというとその傾向の強い文筆活動が多くなっています。にもかかわらず、この「美術犬」のようなものを始めてしまったわけで、「やっちまった」感がないわけではない(笑)。この会が、まさに「現在」のことについて考えるきっかけになればと考えていますが、こういったものを始めた以上、色々やらざるを得なくなるのじゃないのか、という感じです。

田中 僕は、日本国内に関しては土屋さんの感じている不快感も、違和感もあまりなくて、美術の状況として悪くないと思ってます。こうやって集まったりできるわけだし。日本語だから会話も通じるし、それぞれ考えていることが違ったとしても話はできる。同世代のキュレーターも書き手も、ちょっとずつ出てきているので、何かをやろう、あるいはいままでと違うことをやってみようと思ったときに呼んだりもできる。そういうことに応答えてくれる人も増えてきてます。新しい雑誌を誰かが作るかもしれないし、実際『Review House』とかが出てきてるし。僕自身、ささやかながらポッドキャスト「言葉にする」を始めていて、個人的に人を呼んで話を聞いている。この国での美術をめぐる状況は悪くないと思っています。これからもっとよくなっていくでしょうね。
だからこれからのことを話すとしたら海外のことです。僕自身がそこでどうしていくのかって話になります。僕が一番違和感を抱くのは有名外国人キュレーターたちなんです。ホウ・ハンルーでもハンス・ウルリッヒ・オブリストでも誰でもいいんだけど、そういった人たちが世界のアートを牛耳ってる。彼らが決めたルールで、いろんな人たちが動いたりする。本人たちのせいだけではもちろんないけど。僕は「10分間プレゼン」と呼んでいるんだけど、有名キュレーターに会うと、10分ぐらいしかミーティングの時間がない。10分で自分のことを喋って、相手に面白いって思わせるっていうプレゼン能力が要求される。でも、そういうことだけで自分の作品が判断されるのには、すごい違和感がある。実物も見せていないのに。なんでこいつら大して作品も見ないのに偉そうなんだよ、ってずっと思ってます。これはなんとかしたほうがいいし、変えていきたいし、変わってほしいと思う。それとは別に興味深い動きをしている人たちももちろんいます。そういう人たちも、力がなくてもちゃんと展覧会ができるようになり、そうしたものがいろんなところを巡回するような、そういう状態になるといいと思うんですね。僕がそれに出ている、出ていないは関係なく、有意義なこと、興味深いこと、豊かなことは増えてほしい。ともあれ僕はまず最低限、そこで渡り合える語学力を身につけて、これからの人たちで、こういうシンポジウムができる、そのくらいのことはできるような自分になりたいですね。日本はどうしても遠い異国なので、そのハンデを逆手にとって、知らん顔して世界にまん延している変なヒエラルキーを崩していけたらいいなと思っています。そのために僕は、絶対にあっちの人たちに乗っかりたくないんです。対等にやっていきたい。乗っからないでやってけるかどうかわからないですけど、とりあえずそうやって、やってきてます。媚を売らない、日本を売りにしない、どこまでやれるかわからないけど、それが自分の中の最低限の目標であり基準です。

池田 先の話とつながりますが、今ものをつくっているということは、未来に何か投げかけることになるんだ、という確信みたいなものをもって制作を続けていくことが、自分が美術に関わっていくことを支える根拠です。というのは、状況が余りにも即時性を要求しすぎるから。なんかすぐにメールの返信しなくちゃいけないとか、ニコ動でコメント率が高いとか(笑)。ネット環境だけでなく、そもそも資本主義が要請する現在時への圧力ってすごく強いと思うんです。それに対して、時間的なタメを自分なりに生み出し、ある確かさをもって世界を認識していったり、何か未来にものを投げかけていったりしたい。今ここで制作しているということが、未来への働きかけになっているという確信において、美術と関わっていきたいと思っています。

質問者4 まとまりかけているときに話を内容のほうに戻しちゃって申し訳ないのですが、自律性の話についてお伺いします。確かに自律性をはじめから目指して作品を制作することは難しいんだろうとは思います。でも、コンテクストに回収しきれず結果的に自律性みたいなみのが立ち上がってくるということがあると思うんです。極端な例ですが、〈モナ・リザ〉を考えたときに、美術史的に考えれば、肖像画というジャンルがありましたとか、空気遠近法という手法で描かれていますとか、そういう説明が可能なわけですよね。レオナルドの作品の中ではこういう風に位置づけられますとか、コンテクストで説明することができる。にもかかわらず、いまだに何か不思議なものとして残っている。それを耐久力のある作品、という風に考えることができるんじゃないかという気がします。自律性という言葉を、コンテクストの環境化に対する対向軸とする必然性はないと思うのです。もうちょっと別の言葉で、例えば耐久性という言葉で考えられるのではないかという気がするのですが。

田中 多分池田君が最後にちゃんと喋ってくれると思うので、先に発言しますけど(笑)、「〈モナ・リザ〉からアウラ性とかいろいろ剥ぎ取ったとしても自律性が残る、立ち上がってくる」とあなたは言いましたが、先ほどもそういう話になったけど、それが自律しているってどうやって判断するんですか、どうやってわかるんですか。例えば、僕が〈モナ・リザ〉を見たときに、「いろんなコンテクストを剥ぎ取っていくと最後に残るものがある」と言葉では言えても、それを実際の作業としてできるんでしょうか。それを見ている場所は美術館なわけでしょ。「コンテクストを剥ぎ取るとか」「全く純粋なものとして作品を見る」とか言葉ではどうとでも言えるけど、そんなことを人間ができるんだろうか、僕はできないと思う。僕たちはそれほど具体的な存在です。仮に、自分が作品を見たときに、「これは自律してる」と捉えたとしても、その自分の感覚のどこを信頼できるのだろうか。「自律している」と判断するためには、それを「自律」と判断するコンテクストが必要ですよね。ではその時点で、なにかしらのコンテクストに回収されているではないか。池田君はどう思う?

池田 さっき、美術館における不可解なもの、不気味なものとの出会い、って話をしましたが、そういった自分の日常感覚を超えたものと出会うっていうことは、自律性の問題と関係している。〈モナ・リザ〉の描かれた当時の社会的背景とか、レオナルドという画家の名前とか、作品をめぐる様々なコンテクストが剥ぎ取られた後でも、リアルな出会いが可能なんじゃないかと。自律性と言う際にモダニズムが前提としている、メディウム・スペシフィックのようなものに対する批判をしたけれど、その場合、自律性の条件があらかじめ与えられてるわけですよね。例えばキャンバスとか、平面性だとかいった条件をあらかじめ与え、そこに純化していくことで、自律性を確保するといったような。しかし、そういうものは、僕は全然自律的ではないと思う。そのような条件が他律的に与えられているに過ぎないわけだから。さっき耐久性という言葉が出たけれど、時間の幅のなかに作品を開いていく、つまり、未来に対して投げかけていくことによって、それこそコンテクスチュアルな前提がどんどん剥ぎ取られてゆく、あるいはコンテクストが錯乱をきたしてゆく中で、なにかそこに不可解なもの、不気味なものを感じられるのであれば、そこでかろうじて立ち上がる自律性っていうのがあり得るのかもしれない。だから、時間への投げかけってのは、まさに耐久性の問題と関わる。つまり、「いま・ここ」っていう条件から逃れ去った後にかろうじて立ち上がる自律性のようなものを、どういう風に確保し得るのか。そういう可能性を持ったものとして、僕は美術をまだナイーヴに信じてもいいのかなと考えています。

質問者5 土屋さんにお聞きしますが、さっき、美術が成立するためには、展覧会っていう様式のようなものがないといけないという話がありましたが、それ以外の可能性はどうなんでしょうか? 美術館以外の場所についてのアイディアがおありなんじゃないですか?

土屋 まず前提として、私は必ずしもホワイトキューブの空間が嫌いなわけではありません。実際、作品を観るには気持ちいいし、作品自体も良く見える。ただ、美術作品のあり方をあまりにも規定し過ぎている、という状態は不愉快です。ホワイトキューブを理念的に設定して、どこでもない場所で、どこでもない時間で、今まさに私は作品に直面しています、というフィクションを発動させてしまうことは嫌ですね。そもそも、作品を経験することは、そういうことではないだろうと思うわけです。いつ行っても同じような状況で作品が観られるようなものではなくて、むしろ、作品と直面する際の経験は、様々な条件によってその都度形成されるわけです。つまり、スタティックな作品と観者との関係などはなくて、様々なパラメータによって関係が規定されるわけですよね。そう捉えた方が、美術作品の経験としては明らかに豊かであろう、と。そこで、ホワイトキューブの機能を上手くズラす方法を考えなければならないわけですが、具体案としては正直大したことは思いつかない(笑)。ただ、ベタな提案をしておくと、ひたすら移動しまくるとか(笑)、地域的なローカリティーを引き受けた上で作品をつくるとか、結局そういうことぐらいしか言えないんですけどね。ただ、自分の経験に引きつけて言うと、ホワイトキューブと作品との関係を、写真というメディアを媒介にして改めて考え直せないか、ということは考えています。数年前、美術家の倉重光則さんの個展という形で、作品と作品のドキュメント写真の関係を展覧会という形式の上で考えるという、場合によってはかなりトリッキーに見えかねない展覧会を企画したことがあります。その時のカタログがこの会場に置いてありますので、ご興味ある方はお手に取ってください。ってこれじゃ単なる宣伝だな(笑)。ともかく、そういう実践を通して、ホワイトキューブに対して、どういった別の解を導き出せるかっていうことは、ぼちぼち考えてはおります。
さて、今回は「美術」という大きなテーマを掲げたものの、結論は出なかったと思います。ひょっとすると、今日、私たちが話してきた内容も、どこかで誰かが既に言ったような話を、性懲りもなく繰り言のように話しているだけに聞こえたかもしれません。しかし、この美術犬という運動体は継続していくつもりですので、パネリストだけではなく会場にいらしてくださった方々も含め、様々な問題を共有できる場になっていければと考えています。

雨宮 美術作家は、少なくとも僕は、自分の作品の前で自分の作品のことを語るほうが、非常に楽なわけですね。僕は今日最初、自分の作品について「美術」や「美術史」におもねることはない、ということを強調しました。でも、そんな僕が言葉だけで「美術」を語ること自体、結構苦痛ではある。しかし、一方でホワイトキューブに来た人は「美術」を見に来た人だ、というのは絶対に逃れられない条件だと思っているので、「美術」についての考えを、無理にでも言葉にしていくという作業が僕個人的にも今あえて必要なんじゃないかと考えてます。さらに、その作業がこの後、今回だけで閉じずに、どのように繋がっていくのか、ということが大事だと思います。そんななかで、このような「稚拙でもいいので発話していく」という事に必要を感じていますので、皆さんぜひ見守っていただければと思います。「美術犬」は、はったりじゃなく本当に流動的な体制をとっているので、全然これまで関わりがないような人がメンバーに今後入っちゃったりしているような事態もあり得る話だと思うし、僕や土屋君が居なくなることもあり得るということにしています。なによりもそういうものに「美術」にまつわる言説も「美術犬」もそのようになっていけば良いかと考えてます。とにかく、しばらくの間ご注目いただければと思います。

土屋 それでは長時間にわたり、会場の皆さん、そして今回ゲストにいらしてくれた青山さん、田中さん、池田さん、ありがとうございました。

(2009年2月11日、相模原・BOICE PLANNINGにて。テクスト化にあたって各パネリスト自身による加筆修正が施されているが、最終的な文責・編集責任は「美術犬(I.N.U.)」編集部に帰属する。)

| トラックバック (0)

«ご来場ありがとうございました!